チョン・キョンファ ヴァイオリン・リサイタル2013

東京文化会館でのリサイタルのレビューや、身近な人たちの感想を聞くと賛否両論。感性の問題もある、その日の体調のこともある。音楽体験とは生もの。いろんな言い分があって良い。その前提で言わせてもらう。今夜のリサイタルは凄かった。会場をほぼ埋め尽くした観客が熱狂した。アンコール後の熱烈なスタンディング・オベイション。一旦客電が下りるものの拍手鳴り止まずヴァイオリニストとピアニストの再登場。そして、客電が上がるや予想だにしないアンコールがもう1曲披露された。

正直今夜のリサイタルはとても心配だった。果たしてかつての精彩を失わず、音楽が歌われるのか?しかし、そのことは杞憂に終わった。65歳になったチョン・キョンファは、多少ふくよかになったもののやっぱり相も変らぬチョン・キョンファだった。立ち居振る舞い、佇まい、そして演奏中の表情や仕草、すべてがかつてと同じだった。その時点で僕は安心した。

チョン・キョンファ 2013年日本公演
チョン・キョンファ ヴァイオリン・リサイタル
2013年6月11日(火)19:00開演
サントリーホール
・モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第35番ト長調K.379
・プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ短調作品80
休憩
・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV1004~シャコンヌ
・フランク:ヴァイオリン・ソナタイ長調
~アンコール
・シューベルト:ソナチネ第1番ニ長調D384~第2楽章アンダンテ
・シューベルト:ソナチネ第1番ニ長調D384~第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ
・ドビュッシー:前奏曲集第1巻~亜麻色の髪の乙女
チョン・キョンファ(ヴァイオリン)
ケヴィン・ケナー(ピアノ)
主催:プリマヴェーラ・アーツ
協力:キング・インターナショナル

序章の幕開け、モーツァルトのK.379。全てが堂に入る。貫録の証。以前なら、間違いなくチョン・キョンファを感じさせたのだが、良いのか悪いのか、今日の音楽にはモーツァルトしかなかった。第2楽章のピツィカートが何だかとても余裕に感じられた。
プロコフィエフも一切の力みのない、本来ならデモーニッシュな音楽が不思議に中和されて耳元に届いた。完全に毒消しされたチョン・キョンファのプロコフィエフ。果たしてそういう彼女をキョンファと名乗っていいのかどうなのか、それはわからぬが、とにかくファジーでありながら美しい音楽が繰り広げられたということだ。もはや昔の彼女ではない。さらに、演奏終了後の数十秒に及ぶ沈黙、そして静寂。今日の聴衆はお行儀が良い。微動だにしないチョンが動くまで拍手は起こらない。それはそうだ、皆この日を待っていたのだから。

休憩を挟んで後半。言葉に言い尽くせぬ感動がここに集約されていた。
バッハのシャコンヌは、一切の恣意性のない、これこそ「無」であり「空(くう)」であるという音楽が響いた。あるがままに任せ、為すがままに為し、ただただバッハの崇高な音楽が在るのみ。涙なくして語れない音楽がここにあった。
さらに極めつけはフランク!!!若い頃と違ってチョン・キョンファの音程はどこか安定しない。でも、それこそが音楽なんだ、味があるんだ・・・。そう、6月のいよいよ梅雨という時期にとてもウェットで、かつ艶のある音に僕たちは酔い痴れた。彼女の音楽はこんなにも瑞々しかったのか。しかも、前世紀末の退廃的な雰囲気までもが如実に醸し出され、何だか東洋と西洋が出逢ってひとつになる瞬間まで体感できた。
こうなると聴衆は放っておかない。
終わることのない拍手喝采。
何度も呼び出される2人。
挙句はスタンディング・オベイションで・・・。
最後はオーディエンスに向けて手で大きなハートを描いて投げキッス(笑)。本当に素敵な方だ。今年開催されるコンサートのおそらく10指に入るであろうそんな時間。

※チョン・キョンファの(音への)俊敏性を物語る一瞬を観た。フランクの終楽章で2階下手側の観客が大きな咳をした際、一瞬びくっとそちらに顔を向けたその仕草。まるで爬虫類のようだった(笑)。そして、アンコールの際、今度は上手上方の方で聴衆が思わず声を出して反応した際のこれまたキョンファの動き・・・。真に愛らしい。

 


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2 COMMENTS

ふみ

もう凄過ぎました…あんなにも心の底から涙が溢れるバッハ、初めて聴いた…
もう今年は何を聴こうと昨晩の演奏を超えるものには出会えないなぁと寂しい気持ちも半分あったり。

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岡本 浩和

>ふみ君
凄かったねぇ。
僕は少し不安だったけれど、吹っ飛びました。
何というか、無理がないよね、今の彼女は。完璧な自然体。
共有できて良かったです。
終演後のビールとお好み焼きも美味かったしね(笑)。
またよろしく!

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