トレヴァー・ピノックの「ブランデンブルク協奏曲」を聴いて思ふ

bach_brandenburg_1-3_pinnockバッハの瞠目に値する点は単なる世捨人的芸術家でなかったことだろう。正しく現実社会と対峙し、紆余曲折、疲労困憊ありながら常に正しく成果をあげていたところは現代の僕たちが見習う点でもある。
例えば、1730年代以降、すなわちライプツィヒ時代のこと、もちろん時代の趨勢や地域性がバッハの味方をしたことに違いはない。しかし、彼の地で、彼の地ならではの音楽産業に未来を発見し、具体的に行動を起こしたこと。

前にもふれたように、鉱山のおかげで活字をつくる金属や製版プレートの材料に困らなかったライプツィヒは、出版産業の中心地のひとつとなっていた。・・・(中略)・・・見本市の時にライプツィヒを訪れれば、当時の最新流行の音楽を手に入れることができた。バッハももちろん、楽譜集めにいそしんだ。そして、同時に、このようなシステムを利用して、自分の作品の計画的な出版に乗り出したのである。

バッハが目をつけたのは、クラヴィーア作品の分野だった。愛好家の多いクラヴィーア作品は、楽譜の普及しやすいジャンルでもあった。
加藤浩子著「バッハへの旅」P285

何という先見の識!!
なるほど、当時の音楽家というのは今のように著作権や何やらで守られていなかったということだ。生きるために自ら様々考え出さねばならなかった。しかし、それゆえに見事な傑作を生み出すことができたのだとも言える。

コレギウム・ムジクムで披露された世俗作品を。

J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲
・第1番ヘ長調BWV1046
・第2番ヘ長調BWV1047
・第3番ト長調BWV1048
トレヴァー・ピノック(チェンバロ&指揮)
イングリッシュ・コンサート

録音データがないので詳細不明だが、おそらく1980年代初頭のレコーディング。確か僕が初めて手にしたバッハのCDだったように記憶する。よって、僕の場合ブランデンブルク協奏曲の原風景はここにある。
何という愉悦。教会での厳格な仕事と裏腹に、バッハは音楽で遊ぶ。とはいえ、そこはやはりバッハ。種々の楽器を独奏にし、しかも色々な組み合わせによって6つの協奏曲を拵えた。

初めて耳にしたピリオド楽器の音色は鮮烈だった。軽快な中に観る敬虔な心と意味深い感謝の念。当時僕は卒倒した。

クリスマスのヨハン・セバスティアン・・・。

 


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