マキシム・ヴェンゲーロフ リサイタル2013

言葉にならない。筆舌に尽くし難いひととき。過去の一切がデリートされ、未来の扉さえ閉ざされ、今この瞬間この場しかない、そんな感覚に陥った。降参、である。

マキシム・ヴェンゲーロフのリサイタル。もはや繰り返す必要もないが、抜群の巧さ、驚くべき美音。そして超絶的安定感のある音程。やっぱり僕は無意識にどこかで見くびっていたのかも。昨年の来日時は人見記念講堂、一昨日の第一夜はオーチャードホール。残念ながらあれらの会場ではヴェンゲーロフの真の凄さは絶対にわからない。いかにホールが重要か・・・。そして共に舞台を踏むパートナーとの相性も。今夜のヴァグ・パピアンとのコラボレートは完璧だった。僕の印象では昨年のイタマール・ゴランとの関係を凌駕する。嗚呼、感動と感情が溢れ出そうとするが、脳みそが追いつかない(笑)。何と表現すれば良いのか?リサイタル中、何度頭が真っ白になったことか・・・。言葉を失ってしまった僕が今ここに在る。

ヴェンゲーロフ・フェスティバル2013
リサイタル
2013年6月12日(水)19:00開演
サントリーホール
・ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番ニ長調作品1-13
・ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調作品96
休憩
・フランク:ヴァイオリン・ソナタイ長調
・サン=サーンス:ハバネラ作品83
・サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ作品28
~アンコール
・フォーレ:夢のあとに
・ブラームス:ハンガリー舞曲第5番
・マスネ:タイースの瞑想曲
マキシム・ヴェンゲーロフ(ヴァイオリン)
ヴァグ・パピアン(ピアノ)

冒頭のヘンデル。この音楽が作曲された当時のヘンデルはオラトリオ作曲家として大成するも興行主としては様々問題を抱えていたであろう頃。そんな時でもこの偉大な作曲家は前向きだ。何とも愉悦に満ちた音楽。まさに神の祝福あらんとする旋律と音色。ヴェンゲーロフによって「幸福感」が見事にまで音化される。
続くベートーヴェン。「クロイツェル・ソナタ」から10年ほどの期間を経て突然生まれたこの作品96は実に名曲だった。作曲された1812年頃は、例の「不滅の恋人」といわれる女性とのロマンスがあったであろう時だ。おそらく、それによって一般的にはベートーヴェンのもつ「優しさ」や「包容力」が反映されると解釈されるだろうが、僕の見解は少々違う。僕はこの音楽のなかに、その2年ほど前に作曲された「エリーゼのために」の影を見る。しかも、一説によると「エリーゼ」はある女性への恋文などではないというものもある。そう、「地上の楽園」の実現を想う楽聖の「大いなるもの」へのメッセージだというのだ。確かに・・・。僕は今夜、このト長調のソナタに、ベートーヴェンのその同じ想いを発見した。それは、ヴェンゲーロフとパピアンがまさに「ひとつになろう」としたその瞬間に感じられたことだ。何よりピアニストが単なる伴奏者で終わらない。時にイニシアティブをとるのはパピアン!!何という美しい旋律群(中には、ジョン・レノンの”My Mummy’s Dead”に似たものもある。あるいは「ニュー・シネマ・パラダイス」のテーマ音楽)。それを導き出すのは何とピアニストなんだ!!短いスケルツォ楽章の愉悦、続くフィナーレの交歓。ここにあるのは「人類愛」、すなわち後の第9交響曲に通じる「愛の形」がある。堪らない。

20分の休憩中ますます期待に胸膨らんだ。
そして、その「時」が来た。
セザール・フランクの第一楽章冒頭ピアノのモノローグからして尋常でない。何というパッション!!めらめらと情念の炎が燃えたぎるのだ。時に激しく、時に静かに。マキシム・ヴェンゲーロフのヴァイオリンが唸り、うねり、がっぷり四つで応える。どんな時も発火点を握るのはパピアン。それによってヴェンゲーロフに音楽の神が乗り移る・・・。
そして、この暗く鬱積された感情が一気に解放される終楽章は、ついにヴァイオリンとピアノが完璧に溶け合って、「ひとつのもの」となって表現される。いや、凄かった・・・。
さらに、サン=サーンスの名曲たち。僕はもうすでにお腹いっぱいだったけれど、いやいや、彼らは許してくれない(笑)。一切手綱をゆるませない音楽表現。「ハバネラ」の妖艶な響き。何というエロス!!「序奏とロンド・カプリチオーソ」の天才的至芸。

マキシム・ヴェンゲーロフはとても謙虚な人なんだと想像できる。それは舞台姿を見ればわかる。聴衆の反応に応えてのアンコール3曲はそこにいた人たちにとって一生の宝物になろう。フォーレでは自然と涙が溢れた。ブラームスの即興的解釈を取り入れた見事なジプシー的調べ。最後のマスネは・・・、嗚呼、やっぱり言葉にならない。

 


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