リサ・バティアシュヴィリ:「時の谺(こだま)」

もはや「二枚舌」などと軽口を叩くことなかれ。生きるためにはそうせざるを得なかったのだ。いや、自分の命が惜しかったわけではない。自身を媒介にして世に送り出さねばならない音楽作品の奔流が内側に絶えずあったから。音楽というのは人々に「癒し」を与える世界の共通言語だ。いや、「癒し」などという生半可なものではない。そこには神もあり、愛もあり、時には憎悪や悲嘆の情、あるいは悪魔までもが映し出される。そう、宇宙全般の鏡といってもおかしくない、それくらいに壮大な波動が刻印された宝なのだ。

ショスタコーヴィチはあのソビエト連邦という恐ろしい国の中で自身の才能を疲弊させることなく、数々の傑作を生み出し続けた。西欧的モダニズムに感染した問題作というレッテルを貼られそうな時には秘匿し、表立っては体制に迎合した音楽を書くというように、どんな手段を使っても彼は本音と建前を上手く使い分け生き延びた。そのお蔭で、幸運にも後世の僕たちはこの天才の音楽を享受できるということを忘れてはならない。そう、そして音楽史の中で唯一無二の存在を挙げろともし言われたらば、今の僕なら次のように答えるだろう。(残念ながらひとりには絞り切れぬが)ベートーヴェンとショスタコーヴィチだと。

何か凄い音盤に出逢った気がする。
おそらく少し前にリリースされていたものだと思うけれど、完全に無視していた。リサ・バティアシュヴィリなるヴァイオリニスト。バックをサロネンとグリモーが務めているとなると聴かないわけにはいかぬ。アルバム・タイトルを”Echoes Of Time”(邦題:「時の谺(こだま)」という。驚いた、何という美音。そして何と気高い選曲!!時折、音楽の内側に身体ごと引き込まれそうになったほど。何だ、これは?

・ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調作品77
・カンチェーリ:V & V(弦楽オーケストラ伴奏付ヴァイオリンとテープ・ヴォイスのための)
・ショスタコーヴィチ:抒情的なワルツ~「7つの人形の踊り」(タマーシュ・バティアシュヴィリ編曲)
・ペルト:鏡の中の鏡(ヴァイオリンとピアノのための)
・ラフマニノフ:ヴォカリーズ作品34-14(ヴァイオリンとピアノのための)
リサ・バティアシュヴィリ(ヴァイオリン)
エレーヌ・グリモー(ピアノ)
エサ=ペッカ・サロネン指揮バイエルン放送交響楽団(2010.5&11録音)

水も滴るような瑞々しい音色。そして実在感。ショスタコーヴィチの第1番の協奏曲は7年の歳月を経てようやく陽の目を見た曰くつきの作品。各々の楽章が独立した、一風変わった構成を持つこの音楽は、冒頭楽章「夜想曲」のあまりに神秘的な様相にそもそも度肝を抜かれるのだが、バティアシュヴィリのヴァイオリン演奏はそれに輪をかける。もちろんここはサロネンの棒による優れた伴奏も大いに貢献する。ともかく音楽が活きているのである。相変わらずのショスタコ風スケルツォ楽章を経て、第3楽章パッサカリア!!心に直接響く慟哭!!意味深い重厚なオーケストラの音と、ヴァイオリン独奏による繊細で限りなく美しいメロディ。ここには未来への希望がある。

ギヤ・カンチェーリの作品は初めて聴いた。この祈りにも似た世界観は特別のものだ。そして、続くショスタコーヴィチのワルツで僕たちは突如眠りから目覚めさせられる。いや、まるで夢か現かわからないような半覚醒状態のまま(いわゆるθ波状態)で音楽が奏でられるのだ。これは子ども向けに書かれた音楽ではない。大人が子どものように夢心地に遊ぶ、そういう音楽だ。

後半の、グリモーを伴奏者に迎えた2曲においてはもはや言葉が出ない。
2人の女流奏者の魂は完全にひとつになり、アルヴォ・ペルトの書いた「アンビエント・ミュージック」がまるで空気のようにそこに存在するかのように自動演奏される。ここで僕たちは一気に瞑想状態。最後のラフマニノフ。これは・・・、あまりに切なく、あまりに悲しく、そしてあまりに懐かしく、涙なくして聴けぬ。

 


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6 Comments

neoros2019

このCDも曲が曲だけに目にはとまっていたのですが、他のレヴューでも賛辞が列挙されていることから購入してみようと思います
CDジャケットが何か中島みゆき的な雰囲気も漂っていると思い込み、勝手にボツにしていました。

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岡本 浩和

>neoros2019様
これはお薦めです。
中島みゆき的ですか!(笑)
どちらかというと僕はタルコフスキーの「ストーカー」を想起しまして・・・。
それで買ってみた次第です。
ここ数年は「レコ芸」を買っても真面に読まず、半年ほど前から買うのすら止めた状態で、レコードアカデミー賞をとったことすら知らなかったです。

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neoros2019

購入しました
例によって、通勤のクルマの中で
初回はずいぶん、ムローヴァに比較してノッペリた弾き方かな?との印象を受けました
翌日、さらにその翌日とBGMみたいに流しっぱなしにしていたら
3楽章のパッサカリアの荘厳さが、ムローヴァ/プレヴィン盤を大きく引き離し、とてつもなく
アリャ、コリャ凄いわと
えっ
もしかしてここ数年で購入したCDで久しぶりダントツの感動的優秀な録音であることに気づかされました
ムローヴァの鋭角的に縦に落ち込んでゆくような表現の第1楽章も捨て難いが、このバティアシュビリの繊細な糸を紡ぐ様な指づかいも然ることながら、それを捕らえきった録音も秀逸ですね
サロネンという指揮者も、名前だけしか知らなかったが、このパッサカリアにはびっくりさせられました
岡本さんのピックアップのおかげです
ありがとうございました

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岡本 浩和

>neoros2019様
おっしゃるように本当に素晴らしい音盤だと思います。
ムローヴァ盤は未聴なので比較して云々はできないのですが・・・。
選曲といい録音といい抜群です。
あと、サロネンについては僕も最近まで名前しか知らない程度でした。
しかし、口角泡にして薦める友人がおりまして、ここのところいくつか聴いておりますが、素晴らしいですね。
こちらこそありがとうございます。

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