カラヤンの「戴冠ミサ曲」(聖ペトロ大聖堂Live)を聴いて思ふ

mozart_kronungsmesse_karajan_19850629心機一転。旅の効用とでもいうのか・・・。
いわゆる「ウィーン時代」と呼ばれる時期の直前、モーツァルトは母とともに、パリやマイハイムに長期の演奏旅行に出かけている。いわゆる就職活動の一環ではあるのだが。そこで見た、あるいは体験したことは彼の以降の創作にかなりの影響を与えた。ましてやその旅行の最中に母親が亡くなってしまうという事態が・・・。やはり悲しみの感情が創造行為に大いなるプラスになることは間違いないということだ。見聞を広め、より多くの知識を吸収したモーツァルトの感性はより進化、深化した作品の創造を手助けする。

通称「戴冠ミサ曲」の完成は1779年3月23日。おそらく1779年4月4日及び5日の復活祭の式典のために書かれたものだろうと推測されるこの巨大な音楽はそれまでの作品と外面的にも内容的にも明らかに一線を画す。自信と確信に満ちた若きモーツァルトの才能が、旅により一皮も二皮もむけ、自立に向かって第一歩を踏み出したことを物語るようだ。

1985年、聖ペトロと聖パウロの祭日にサン・ピエトロ大聖堂にて行われた荘厳ミサの記録。カラヤン指揮によるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。カトリック教徒でない僕でしてもつい姿勢を正し、厳粛な気持ちで対峙したくなるような式であり演奏である。

教皇ヨハネ・パウロ2世により挙行された荘厳ミサ
使徒聖ペテロ・聖パウロの祭日(1985年6月29日)ローマ、聖ペトロ大聖堂にて
・通常式文
・モーツァルト:ミサ曲ハ長調K.317「戴冠ミサ」
キャスリーン・バトル(ソプラノ)
トゥルデリーデ・シュミット(アルト)
エスタ・ヴィンベルイ(テノール)
フェルッチョ・フルラネット(バス)
ウィーン楽友協会合唱団
ルドルフ・ショルツ(オルガン)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
・固有式文
・バルトルッチ:答唱詩篇、アレルヤ唱、奉納の歌
ドメニコ・バルトルッチ指揮システィナ礼拝堂合唱団
ボンファチョ・G・バロッフィオ指揮教皇庁立教会音楽学院聖歌隊
・モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプスニ長調K.618
ルドルフ・ショルツ(オルガン)
ヘルムート・フロシャウアー指揮ウィーン楽友協会合唱団

気のせいか、いかにもカラヤンらしい表面的な音の磨きが影を潜める。もちろん厳粛な雰囲気の中で行われた正式なミサでの演奏であることもその大きな要因だろう。まさに神の御前で神の子の音楽を再生したカラヤンの胸にはどんな思いが去来していたのか?
キリエ冒頭のティンパニを伴った合唱からして実に巨大で、カラヤンのモーツァルトに関し大手を振って賞賛しない僕でも思わず惹き込まれるほどの敬虔さと深み。当時、全盛期だったであろうバトルの歌がこれまた素晴らしい。

こういうものを聴くと、西洋古典音楽の源泉がキリスト教であり、信仰心であったことが理解でき興味深い。と同時に、背景まで含めキリスト教に疎い自分自身がもどかしくなる。文化や宗教というのは知識として表面を準えることはできても身体の内側まで刷り込まれていないと結局理解は中途半端でしかない。なかなか難しいところだ。

以下、本ミサ挙行の後、バチカンの国務長官兼枢機卿であったアコスチーノ・カザローリからのカラヤンに宛てた手紙の抜粋(ライナーノーツより)。

表現力の豊かなこの教会音楽は、ミサの典礼においてこそ、その本来の場を見出しており、ミサ中演奏される時には、単なる芸術的表現を超えて、おのずと神を賛美する祈りになっています。

それに対するカラヤンの返答の手紙抜粋(ライナーノーツより)。

この経験はわたしに、典礼と音楽の融合の全く新しい側面を発見させてくれました。

それにしても聖体拝領での「アヴェ・ヴェウム・コルプス」の美しさ・・・。

 


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2 COMMENTS

畑山千恵子

カラヤンは、ザビーネ・マイヤー事件の後、ヴィーン・フィルハーモニーとの結びつきを強めていきました。この演奏はその時期のものです。晩年のカラヤンは孤独でしたね。

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