温かくふくよかな響き。
ひとつひとつの音符を丁寧に、想いを込めて弾くその姿にこの人の内側にある真実を見る。
25年前のイーヴォ・ポゴレリッチの紡ぎ出す音楽は、今とは少し違っていて、(ある意味)とても人間的で、誰かへの内的メッセージとして機能するものだった。そこには師であり、妻であったアリス・ケゼラーゼへのただならぬ愛情が、おそらく刻み込まれていたのだと思う。
先日のリサイタルを聴いて、長いスランプ(?)からようやく抜け出し、元々独自の世界を築いていたものの、それはますます「孤高」という名に相応しい境地に達したのだと痛感した。強靭なフォルティシモと、あまりに繊細なピアニシモの暫時的移ろいに僕は舌を巻いた。
間奏曲作品118-2の、これでもかという深い呼吸の中に秘めた熱い想いが、脳天を刺激する。悲しみの中にあるヨハネス・ブラームスの、他の演奏では得ることのできない浄化。激烈な台風が通過した後の、それこそ虚ろで透明な空気が支配する、筆舌に尽くし難い雰囲気との邂逅、あるいは一致。また、2つのラプソディ作品79の、めらめらと内燃する炎はいかにもブラームスの本懐。ポゴレリッチの魂がブラームスのそれと同化する奇蹟。
ブラームス:
・カプリッチョ嬰ヘ短調作品76-1(1992.6録音)
・間奏曲イ長調作品118-2(1992.6録音)
・2つのラプソディ作品79(1992.6録音)
・3つの間奏曲作品117(1991.7録音)
イーヴォ・ポゴレリッチ(ピアノ)
ライナーノーツには、ハインリヒ・ハイネの詩「黄昏の薄明り」が引用される。
仄白い海の汀に
独り、憂いの思いにふけり、私は坐っていた。
日は益々低く傾き、
燃えるくれないの縞を水に投げた。
そして白い広い波頭は潮に押されて
次第に近づき、泡立ち、どよめいた。
ふしぎな響き、囁きと笛のおと、
笑いとつぶやき、ためいきとざわめき。
それに交って、子守唄のように懐かしい歌声。
~片山敏彦訳「ハイネ詩集」(新潮文庫)P16
ブラームスの孤独を見事に言い当てるポゴレリッチのピアノ。白眉は間奏曲作品117の、涙なくして聴けぬ「ふしぎな響き、囁き」。すべてがあまりに美しい。
特にこの頃のイーヴォの精神は、いかにも充実し、音楽をする喜びに溢れる。
夜更けに久しぶりに取り出した音盤のほとんど宗教的崇高さ。
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[…] そんな日があっても良いと思った。 帰路、新幹線車中で聴いたイーヴォ・ポゴレリッチのブラームスに感動した。 […]