入籍1周年記念日に

haydn_40_42_asahina.jpg人生の約半分を過ぎて僕は結婚した。まさか自分が結婚するなどとは3年前までは夢にも思わなかった。とはいえ生涯独身を通そうと決めていたわけではない。仕事や諸々の事情から考えないようにしていたという言い方のほうがぴったりくるかもしれない。人間の潜在能力というのは大したもので、「思えば」必ず実現する。がしかし、「思わなければ」当然何も起こらない。ゆえにまともな恋愛すらしばらくしていなかったように思う。まるで「籠の中に飼われた小鳥」のようにわずかな餌を継続的に与えられ、それなりに満足して(人生こういうものなんだと言い聞かせて)生きていたような、良くも悪くもそんなようなニュアンスの生き方だった。
ま、でも、そうやって長い間仕事を通してノウハウを蓄積させてもらえたし、その時期であったからこその出逢いがあり、今の自分があるわけだから別に恨んでいるわけでもなく、後悔しているわけでもなく、むしろ感謝しているんだけど。
生涯で104曲もの交響曲を残したヨーゼフ・ハイドンは今年で没後200年の節目を迎えるが、8月8日に因み久しぶりに「第88番」でも聴いてみようかと、ワルター盤やアーベントロート盤、フルトヴェングラー盤などかつての巨匠の名盤を漁りつつ、ついつい別の音盤を見つけてしまい(笑)、こちらを聴いてみた。昨日に引き続き、朝比奈先生の珍しい実況録音。

新日本フィルとの例のベートーヴェン・ツィクルスを始める直前、カザルス・ホールでの一夜の記録。残念ながら実演には触れていないが、ピリオド楽器演奏が主流となっている現代にして、これぞ「朝比奈芸術」の真骨頂とでもいうべき活き活きと、かつ堂々としたハイドンである。このツィクルスが諸事情で途中中断になったことはまさに「痛恨の極み」!それにしても選曲が渋い・・・。

ハイドン:交響曲選集(フォンテック非売品)
・交響曲第40番ヘ長調Hob.Ⅰ-40
・交響曲第41番ハ長調Hob.Ⅰ-41
・交響曲第42番ニ長調Hob.Ⅰ-42
・アンコール~交響曲第1番ニ長調Hob.Ⅰ-1~第3楽章
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団(1989.3.26Live、カザルス・ホール)

何と珍しいことに、アンコール前に朝比奈先生がスピーチをされており、その様子までもが完全に収録されている。聴きとりにくい箇所もあり、少々長い話だが、ディクテーションしたものを記す。含蓄に富んだ包み隠しのない朝比奈先生の生の声である。

「本日は、ハイドンのシリーズ、第何回目でございましょうか・・・、今日で41・・・42番までいたしました。堂を埋めるお客様に聴いていただきまして誠にありがとうございました。私どもはご覧の通り演奏舎弟です。演奏家というほどのものでもございませんが、演奏することが仕事でございます。そういう者にとりまして今お聴きいただきましたようなハイドンの初期の作品、この中のお客様には1番からずっとお聴きの方も多いと思いますが、ああいうものから本日くらいまで、そしてベートーヴェンのシンフォニーに至るまで演奏いたしますことは我々にとりましても仕事の原点でございます。近頃は、マーラーだ、ブルックナーだ、ストラヴィンスキーだと、いろんなものを日本のオーケストラは何でもできるようになりまして、私どもの若い時とは大変な違いでございます。しかし、どんなに演奏者が上手になりましても、達者になりましても、元はただ今お聴きになりましたように4分音符一つ、8分音符一つの組み合わせられたこのハイドンの仕事の上に立っているということを私どもは忘れてはならないことと思うのです。
そして、お客様、お聴きになりますお客様も色々なお好みで、ロシア音楽、あるいは現代音楽その他、何でもお聴きになると思いますが、ヨーロッパ音楽の原点はここにあるんだということをもちろんご承知だと存じます。また、お忘れにならないようにしていただきますと、私どももそういうお客様が一番怖いんです。何だ難しいものを弾くけど4分音符一つ完全に弾いていないじゃないかというようなお叱りを受けることになります。そう思いまして実は私60歳くらいになりました時に、といいましても20年位前のことですが、ハイドンのシンフォニーを初めから一つずつやっていかなければならないんじゃないかという気がいたしまして、楽譜を一つ一つ整備しまして、15,6年前でございましょうか、新日本フィルでブルックナーのシンフォニーをいたしました時に、頭にちょっと1番のシンフォニーを10分あまりと、そういうやり方で大阪フィルでも、あるいは東京交響楽団、東京フィルなどでやります時には、おまけではなくて抱き合わせでやらせていただきましたが、10番ぐらいまで来ますと息が切れて、息が切れるのは2つ理由がございまして、なかなかマネジメントがやらしてくれないということ、それから実際は大変に難しいんでございます。なんだこんなもの難しいのかとお思いかと思いますが、演奏者にとりましてはこの辺の曲を弾くのが油断も隙もないというのが本音で、それがまた先ほど申し上げました私どもが忘れてはならないヨーロッパ音楽の伝統そのものではないかと思います。それで、私ももうとても100幾つまでというのは私の命のある間にはできないとそろそろ諦めておりましたところ、当ホールの企画によりまして、ハイドンの交響曲は全部で3年余りかかるかとは思いますが、何回か存じませんが全曲演奏されるということでございまして、私も本日お仲間に入れていただきました。お蔭様で諦めておりましたのに、一挙に40番くらいのところへ入れていただきまして、もう一度、あと2,3年生きておりましたら、今度は100番くらいのところへ入れていただけるのではないかと楽しみにしております。しかし、これは真面目な話で、世界の演奏会というのが始まりましたのが200年にはならないと思います。100数十年ではないかと思いますが、その中でハイドンの交響曲全曲をちゃんとシリーズで切符をお客様に買っていただいて、連続演奏をするというのは歴史始まって以来のことであるかと存じます。これは随分気の長い企画でありますので、当ホールが歴史にも世界にも前例がない立派な企画をしていただきまして、これも企画だけでは何にもなりませんで、お出でいただいたお客様あっての企画でございますので、これから長い間他の指揮者たちも大勢出演いたしますが、どうぞ104番が終わりますまで昔風に申しますと、お知り合いお誘い合わせの上、そして厳しい耳で忌憚のない意見を申していただきたい。私ども一番怖ろしいのは新聞より批評家よりお客様の耳でございます。それによって私どもは励まされ努力もいたすのでございます・・・」


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
ご紹介の朝比奈先生の盤も未聴ですが、先生とハイドンの交響曲は最高に相性が良かっただろうことは、容易に想像が付きます。本当に、交響曲全集があったら良かったのになあと思いますもの。朝比奈先生のスピーチも、なるほど含蓄に富んでいますね。
ハイドンの交響曲は、104番「ロンドン」などの数曲の演奏に、アマオケ時代参加したことがありますが、自分の演奏経験から言えば、宇野さんの評論のように、ワルター、アーベントロート、フルトヴェングラー、シューリヒトなど、往年の巨匠の盤を備えていればそれで満足という意見にはまったく反対です。ドラティ&フィルハーモニア・フンガリカの全集も、コリン・デイヴィス&ACOのザロモンセットの録音も、最近タワーレコード30周年記念 “ヴィンテージ・コレクション” 第8弾 で復活したプレヴィン&VPOのCDも絶品だと思います。
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=1926078&GOODS_SORT_CD=102
しかし、一度でいいから朝比奈先生の棒のもと、しっかり、たっぷりと弦楽器を弾いてハイドンを演奏を堪能してみたかったです。
ハイドンの良さですか? ハイドンを聴いていると、岡本さんがよくおっしゃる言葉、「自分軸がぶれない」音楽とは、このことだと思います。常にこういう安定した健やか且つ新鮮な精神状態でいたいものです。
御入籍1周年、お慶び申し上げます。
いつまでも健やかで新鮮な御結婚生活を!!

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>本当に、交響曲全集があったら良かったのになあと思いますもの。
ですね、僕も心底そう思います。
>ドラティ&フィルハーモニア・フンガリカの全集も、コリン・デイヴィス&ACOのザロモンセットの録音も、最近タワーレコード30周年記念 “ヴィンテージ・コレクション” 第8弾 で復活したプレヴィン&VPOのCDも絶品だと思います。
なるほど。少々勉強不足なのでこれらの音盤を買って勉強したいと思います。ピリオド楽器についてはどう思われます??僕は好き嫌いで言えば、断然モダン楽器による演奏が好きなのですが。
>「自分軸がぶれない」音楽とは、このことだと思います。
なるほど、同感です。うまいこと言いますねぇ(笑)。
>いつまでも健やかで新鮮な御結婚生活を!!
ありがとうございます。がんばります。

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