バトルのモーツァルト「コンサート・アリア集」を聴いて思ふ

mozart_concert_arias_battle音霊と言霊。想念を音として発することでそのエネルギーは倍加するそう。夢を加速度的に実現させるにはともかく声に出すことが大切だとよく言われるし。ついでに「そうなりたい」という未来形ではなく「(すでに)そうある」という現在進行形で思いを描くことが重要だとも。

例えば、宗教曲の場合、概ねテキストはラテン語による。現在では日常的に使用されることのない言語だが、ヨーロッパ系言語の語源はラテン語やギリシャ語あたりが大半だということやバチカン市国の公用語がラテン語であることを考えあわせると、ラテン語というのは聴覚的にとても重要な言語なのでは・・・。

モーツァルトの教会音楽には抹香臭さがほとんどない。いや、むしろ俗世的なニュアンスに極めて富んだ音調で、聴く者の心を前向きに癒す。それこそ音楽のもつ魔力と、言語の(特にラテン語の)もつエネルギーがシナジーを生み、僕たちは途轍もない喜びに溢れ、心底満たされるのである。
興味深いのは同じモーツァルトの作品でもコンサート・アリアといわれるジャンルのものとなると、ほんの少し音のエネルギーが俗っぽくなるような印象があることだ(あくまで私的見解。気のせいかも。しかしそのことがより人間らしさの発露につながっている)。こちらは大抵がイタリア語だったり、あるいはドイツ語だったり、実際に現在も使用される言語がテキストになる。

キャスリーン・バトルが1985年に録音した「モテットとコンサート・アリア集」。全盛期のバトルの可憐で美しい歌声。モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」ヘ長調K.165の何たる崇高な、ほとんど人声を感じさせない見事な音楽!!「ハレルヤ」、ここにこそモーツァルトの音霊と言霊がミックスされた天才がある。

ところで、モテット初演の前日に姉のナンネル宛に書かれた手紙が面白い。倒置と切り貼りを駆使した17歳のおふざけの文章。

ぼくは ために ません の プリモ 1曲 ウォーモ モテットを 書か この曲は なくてはなり 明日 で 教会 テアチノ派 演奏 されます ご げ き ん う よ さよなら。
~1773年1月16日付、モーツァルトからナンネル宛(「モーツァルトの手紙」P121)

モーツァルト:
・アリア「あなたに明かしたい、おお、神よ!」K.418
・モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」ヘ長調K.165
・アリア「彼女を愛そう、生涯変わらずに」~歌劇『羊飼いの王様』K.208
・レチタティーヴォ「もうたくさんだ、お前は勝った」K.486a
・レチタティーヴォ「ああ、私を捨てないで」K.486a
・アリア「喜びは胸に踊り」K.579
・「私があなたを忘れるだって?・・・おそれないで、恋人よ」K.490
・レチタティーヴォ「みじめな私、ここはどこ?」K.369
・アリア「ああ、語っているのは私ではない」K.369
キャスリーン・バトル(ソプラノ)
アンドレ・プレヴィン指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(1985.4&8録音)

「羊飼いの王様」からアミンタのアリアの心のこもった歌に心が震える。感情の込め方が尋常ではないんだ・・・。

彼女を愛そう、生涯変わらずに
誠実な花婿、そして忠実な恋人として
彼女のためだけに生きるだろう
優しい彼女のうちに、私の喜び、私の楽しみ、
私の安らぎを見いだすだろう

完璧!!やっぱりバトルは素晴らしい。そして、モーツァルトの音楽の美しさ。
タワーで690円だったものだから即買い。それにしてもワーナー・クラシックスのロゴに違和感・・・。

 


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