歌劇「パレストリーナ」

pfitzner_palestrina_kubelik.jpgもう30年になるが、日本フルトヴェングラー協会に一時期入会していた。インターネットなどない、情報を集めるのに一苦労だったその時代においては、そういうコアな活動団体や「レコード芸術」などの月刊誌は貴重な情報源であり、毎々送られてくる月報を楽しみに待っていたものだ。協会から頒布されるアナログ・レコードをなけなしのお小遣いで買って繰り返し聴いた。以前採り上げた1949年6月10日のヴィースバーデンでの実況録音盤もその頃に購入したものである。当日のプログラムはプフィッツナーの歌劇「パレストリーナ」から3つの前奏曲とモーツァルトの第40番交響曲、そしてブラームスの第4交響曲という魅力的なものであった。フルトヴェングラーの第40番はEMIのスタジオ録音、例の快速テンポの演奏が有名だが、当時はフルトヴェングラーならもっとデモーニッシュで心の奥底に響くような音楽を創れるだろうにと失望した(現在の僕の評価はちょっと違う。これはこれで素晴らしい解釈だと思えるようになった)。ブラームスの第4は、これも48年のライヴ録音がことのほか有名で、テンポが伸び縮みする独特の解釈にその当時はどっぷりはまり込み、特にフィナーレのパッサカリアのコーダに向かって突進してゆく推進力に度肝を抜かれ、興奮したものだった。
それが別の日のコンサートの演目で(しかも協会の割合に音質の良いレコードで)いっぺんに聴けるのだから、頒布の報せをみて見逃さない手はなかった。もちろん手に入れるなり繰り返し聴いた。モーツァルトもブラームスも良かった。心底感動した。

しかしながら、プフィッツナーだけは記憶がない。静謐な音楽であり、魂の根幹を揺るがすようなフルトヴェングラーの演奏であるのだが、未熟な僕は単なる埋め合わせの曲のようにしか捉えておらず、ほとんど真面目に聴かず仕舞いだった。実は後になって知ったことだが、その前年に亡くなった作曲者を回顧し、フルトヴェングラーがプログラムに組み入れた、いわば追悼演奏だったのである。その演奏が悪かろう筈がない。

歌劇「パレストリーナ」は長大なオペラである。20世紀の音楽であるにもかかわらず重厚で浪漫的かつ美しい瞬間を多々もっている(その意味ではワーグナーにも引けをとらない)。世間と、そして自分自身と闘いながらもあくまで信念を貫き、芸術家としての在り様を意図せず主張したイタリア、ルネサンス期の名匠ジョヴァンニ・ピエルルイージ・ダ・パレストリーナ周辺の「事件」が「刻銘に」描かれる。

プフィッツナー:歌劇「パレストリーナ」
ニコライ・ゲッダ(テノール)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
カール・リッダーブッシュ(バス)ほか
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団&合唱団

決してポピュラーとはいえないオペラだが、いくつもの名盤が存在する。中でもこのクーベリック盤は円熟期の彼らしい音楽作り、そう、オーケストラや歌手を自在にコントロールしての濃厚だがすっきりした胃にもたれない音楽作りで、何度聴いても聴き飽きない特長をもつ。それに今やBrilliantレーベルから激安廉価盤で手に入ることが嬉しい。
これは、おそらくクーベリックが録音した「パルジファル」にも比肩する名演奏であると僕は思う。小雨降る真冬の酷寒の中、部屋をじっくり暖めて、引いては寄せる音の波にじっくりとかつ無心に身を委ねてみるのもよかろう。

御茶ノ水に出向く。凍てつく寒さだが、帰りがけには雨は止んでいた。すっきりとして気持ち良い。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
プフィッツナーの「パレストリーナ」の音楽についても、聴き込み不足で多くを語れません。この歌劇、ブルーノ・ワルター指揮での初演だったんですよね。クーベリック盤も未聴で、この指揮者・オケ・歌手であればさぞかし素晴らしいだろうと想像しますが、初演者ワルター指揮の録音は残っていないのでしょうか?
この機会にプフィッツナーについてウィキペディアなどネットで勉強してみると、いやはや、彼の人生もワルターとは違う意味で、とても一筋縄では語れませんねぇ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%83%8A%E3%83%BC
とても「知ってるつもり」にはなりにくい作曲家です(笑)。
そういえば「パレストリーナ」、1986年スウィトナー/シュターツカペレ・ベルリン/ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団他のBerlin ClassicのCD(録音:1986年 現在おそらく廃盤)を所有しているのを思い出しました。スウィトナーも1月8日に87歳で亡くなっちゃいましたねぇ。青春時代、ベートーヴェンの交響曲など感動的な実演に接したことがありましたので、とても悲しいです。
スウィトナーの人生もウィキペディアで調べてみました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%BC
「妻とともに東ベルリンに暮らしながら、西ベルリンに住む愛人との間に一子イゴールを儲け、週末ごとにベルリンの壁を越えて彼らに会っていたこと」など、あの田舎くさく質実な感じのスウィトナーが、知る人ぞ知るなのですが、時々、ブルックナー・マーラー・ストラヴィンスキー等で、とってもパッションを秘めた指揮をする理由を垣間見たような気がしました。
プフィッツナー、フルトヴェングラー、ワルター、クーベリック、スウィトナー・・・、皆超一流の芸術家に相応しい濃い人生ですね。
あたかも別な軌道を回る惑星のようで壮観です。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
初演者ワルターの指揮のものはおそらくないんじゃないでしょうかね?丁寧に調べたわけではないので確かではないですが。
ワーグナー並みに長時間のオペラなのでそうそう繰り返して勉強するのは難しいと思いますが、ゆっくりじっくり聴いていくと良いかもしれません。
プフィッツナーの音楽に関してももちろん人生についても僕もほとんど知りませんでした。いろいろと追究してみたくなる音楽家ですね。
>1986年スウィトナー/シュターツカペレ・ベルリン/ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団他のBerlin ClassicのCD
こんなCDがあったんですね。残念ながら存在すら知りませんでした。そうそう、スウィトナーも亡くなってしまいました。昨年だったか確かNHKでドキュメンタリーをやっているのを偶然観て、とても懐かしさを感じたのを思い出します。良い指揮者でしたよね。
>プフィッツナー、フルトヴェングラー、ワルター、クーベリック、スウィトナー・・・、皆超一流の芸術家に相応しい濃い人生ですね。
まさに!

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