スピノジ指揮アンサンブル・マテウスのヴィヴァルディ「試練の中の真実」(2002.9録音)を聴いて思ふ

vivaldi_la_verita_in_cimento_spinosi502権力と金と女と。
物語の種になるのはいつの時代もそんなところ。
とはいえ、オペラの素材になるのなら、一般的には誰かが誰かを殺す、あるいは誰かに殺されるという結末になるのだが、「試練の中の真実」は円満解決するのだから興味深い。

冒頭シンフォニアから音楽は跳ね、舞う。
僧職に就きながらオペラ興行師としても八面六臂の活躍をしたアントニオ・ヴィヴァルディは、ついついヴェネツィアを留守がちにしたおかげでミサを挙げるのも滞り、だんだんと信望を失くしていったといわれる。
しかしながら、愉悦的でありながらどこか翳りのある彼の音楽に、僕は魂にまで届く敬虔さを覚えずにいられない。それは、決して神を忘れたわけでもなく、ヴィヴァルディが常に神とともにあったことを示す。
何より彼らしく、どこかで聴いたような美しい旋律が目白押し。

例えば、第2幕最後、レチタティーヴォを経ての(マムード、ルステーナ、ダミーラ、セリム、メリンダの)五重唱の湿った哀感。メリンドとセリムが出生時に入れ替わっていたことがここでようやくわかるのだ。人の心を見事に映し出す音楽の妙。

ダミーラ(セリムに) 愛する人、尊敬する人よ!
ルステーナ(メリンドに) 私の子よ。
ダミーラとルステーナ あなたは私の息子なのですよ。
メリンド(ルステーナに) 愛する母よ、僕はあなたの息子なのですね。
セリム(ダミーラに) では、本当は僕が向うなの、お母さん、おお神よ!
メリンドとセリム 何て残酷な。
マムード(メリンドに) そんなはことはない、邪悪な! (そしてセリムに)お前はだまされているんだ。
ルステーナ ああ、残酷すぎる。
メリンド 情け容赦のない父よ。
マムード(ダミーラに) 屈辱の女よ、私は裏切られた。
ダミーラ この報われない心にあなたの言うことがわかりません。あなたは一切の同情に価しないわ。

・ヴィヴァルディ:歌劇「試練の中の真実」RV739
ジェンマ・ベルタニョッリ(ロザーヌ、ソプラノ)
ギュメット・ロランス(ルステーナ、メゾソプラノ)
サラ・ミンガルド(メリンド、コントラルト)
ナタリー・シュトゥッツマン(ダミーラ、コントラルト)
フィリップ・ジャルスキー(セリム、カウンターテナー)
アンソニー・ロルフ=ジョンソン(マムード、テノール)
ジャン=クリストフ・スピノジ指揮アンサンブル・マテウス(2002.9録音)

ダミーラ演ずるナタリー・シュトゥッツマンのコントラルトの奥底にある冷たい遺恨の念。
素晴らしい歌唱だ。

あるいは、同じく第2幕のセリムのアリアにおける音楽の高揚感!ロルフ=ジョンソンのカウンターテナーの透明さ!!

あなたを愛せと
優しい感情が湧き上がるのです。
慈悲深きときも
怒り心頭のときも
私はあなたを必ず愛します。

音楽そのものが慈しみだ。
アッシェンバッハの言葉を思った。

なぜなら美は、よく覚えておくがいい、パイドロスよ、美だけが神々のものであり、同時に人間の眼に見えるものだからだ。それゆえに美は、感覚的な人間が辿る道であり、小さなパイドロスよ、芸術家が精神に到る道なのだ。
トーマス・マン作/圓子修平訳「ベニスに死す」(集英社文庫)P130

なぜなら美というものは、パイドロスよ、覚えておくがいい、美というものだけが神のものであって、同時に人間の目に見えるものなのだ。だから美は、感覚的な人間の歩み行く道であるのだし、小さなパイドロスよ、芸術家が精神へ赴くための道なのだ。
トーマス・マン作/高橋義孝訳「ヴェニスに死す」(新潮文庫)P245-246

なぜなら美というものは、ファイドロスよ、よくおぼえておくがいい―美というものだけが、神々しいと同時に目に見えるものなのだ。そういうわけだから、美は感覚的な者のゆく道であるし、小さいファイドロスよ、芸術家が精神へ行く道なのだ。
トオマス・マン作/実吉捷郎訳「ヴェニスに死す」(岩波文庫)P114

微妙な訳出の違いがまた興味深い。
ちなみに、スピノジ本人の解説によると、「試練の中の真実」には少なくとも3つの異なるリブレットが存在しており、音楽的にも資料は種々雑多で、試行錯誤の末、再構成し録音したものだという。旧くて新しい音楽の素晴らしさ。

 

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