マリア・ジョアン・ピリスのJ.S.バッハを聴いて思ふ

bach_piresバッハの音楽には駆け引きがない。
たとえそれが世俗作品であろうと、ベースにある「信仰心」がどの瞬間にも感じられ、常に慈愛に溢れた音楽が奏でられる。
その上、この人の音楽は見事に知的に計算され、有無をいわさぬ全体観をもっていつも披露される。それはおそらく誰が演奏しても「相応の」バッハらしい音楽として再現されるのだ。

マリア・ジョアン・ピリスのバッハは静かに歌う。
緩やかな舞曲においては祈りの情感に溢れ、急速な舞曲においては軽やかなフットワークを軸に喜びに満ちた表現が繰り返される。いかにも洗練された現代風のバッハであると僕は思うが、それでも真面目で優しいバッハの性格や感情を見事に言い当てるような解釈に、時があっという間に過ぎてゆく。

実演で聴いたシューベルトショパンでは、一種近寄りがたい威厳に、彼女が登場するだけで何か特別な音楽が奏でられるような錯覚に陥ったものだが、音盤に聴くバッハはもっと近づきやすく、親しみやすい。

J.S.バッハ:
・パルティータ第1番変ロ長調BWV825
・イギリス組曲第3番ト短調BWV808
・フランス組曲第2番ハ短調BWV813
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)

例えば、イギリス組曲第3番の「クーラント」から「サラバンド」にかけて響き渡る哀しみはいかばかりか・・・。成立時期は不明だが、前妻マリア・バルバラの死を悼み、その思いを音楽に託したかのように聴こえなくもない・・・。そして、その崇高な感情をピリスは極めて上品に、そして囁くように奏でるのだ。

さらに、フランス組曲第2番では、同じく「クーラント」、あるいは「エアー」の右手と左手の巧みな対比、地に足のついた強靭な低音部に心身が舞う。
白眉はパルティータ第1番。「前奏曲」の最初の一音から心奪われ、「アルマンド」において最初の愉悦を味わう。「サラバンド」を経て、「メヌエット」が踊る。なるほど、確かにこの作品はケーテン侯レオポルトの嫡子の誕生祝いとして献呈されたものだった。とはいえ、ピリスはあくまで「静かに」という姿勢を崩さない。

あらためてピリスのバッハを実演で聴いてみたくなった。何かまた発見があるだろうから。

 

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