アンドリュー・デイヴィス&BBC響のヴォーン=ウィリアムズ「海の交響曲」を聴いて思ふ

vaughan_williams_sea_symphony_andrew_davis_bbc神は万物に宿る。そのことを古来日本では「八百万の神」といった。
ウォルト・ホイットマンはいわゆる理神論に傾倒していたが、確かに人格をもたせた神を崇めたてるのは違うように僕も思う。

この歌を、またどんな歌をも、逃げおおせるもの、
もっとも鋭い耳にも聞かれず、もっともはっきり見る目にも、
もっとも巧妙な心の動きにも、姿を現さず、
学識でも名声でもなく、幸福でも富でもなく、
それでいて絶えまなく世界中いたるところで、あらゆる心と生命の脈搏であるもの、
きみやわたしや、いつも追い求めるみんなが、いつも取り逃しているもの、
あけっぴろげなのに、やはり秘密、現実の中の現実、一つの幻想、
値段のないもの、だれにも与えられ、それでいて人が所有者とは決してなれぬもの、
空しく詩人たちが韻に歌いこもうとし、歴史家が散文で書こうとしたもの、
彫刻家がいまだに彫ったことなく、画家が描いたことのないもの、
声楽家がついぞ歌ったことなく、雄弁家も俳優もついに発声したことのないもの、
それをここに呼びだして、今わたしは、わたしの歌にしようと挑むのだ。
「謎のうた」
木島始編「対訳ホイットマン詩集」P175-177

これはもう「老子」とほぼ同じことを表現している。ホイットマンは真理はわかっていたが、それが「どこにあるのか」はついぞわからなかったのかもしれない・・・。

そして例えば、彼の代表作であり、後世の人々に影響を与えた名作「草の葉」には「大道のうた」という詩がある。その冒頭はこうだ。

心も軽く徒歩でぼくは大道に出る、
健康で、自由で、世界がぼくの前にあり、
望みのところへ連れ出してくれる長い褐色の道がぼくの前にあり。

今からのちはぼくはもう幸運なんか求めまい、このぼく自身が幸運そのもの、
今からのちはぼくはもう二度と泣きごとなんか言うまい、二度と延期はすまい、愚痴も言うまい、
壁のなかでの繰りごとや書物談義、口うるさい批評などにはおさらばして、
力強く、満ち足りて、ぼくは大道をゆく。
ホイットマン作酒本雅之訳「草の葉(上)」P363

“I take to the open road”を酒本氏は「僕は大道に出る」と、木島氏は「わたしは大道に魅きつけられる」と訳出しているが、いろいろ調べてみると”open road”を最初に「大道」と訳したのは白鳥省吾氏(1919年)のようだ。何という才!!これ以上ない名訳であると僕は思う。

さて、そのホイットマンの「草の葉」から詩を借り、ひとつの交響曲を創造したのがレイフ・ヴォーン=ウィリアムズである。大仰な1時間超の作品だが、彼がホイットマンの精神に感化され、そしてそれを何とか巧く音化しようとしたその意図はわかる。しかし、僕の感覚では残念ながら音楽の深度が詩のそれに負けていると言わざるを得ない。

ちなみに、ホイットマンは初版(1855年)の序文で次のように書く。

このうえなく見事な詩、音楽、演説、朗唱などにそなわる流暢さときらびやかな特性は、けっして単独にあるのではなく、何かに依存して存在している。美しさはすべて、美しい血液と美しい頭脳から生まれる。もしも男や女の内部でこの二つの偉大が結びつけば、それでもう充分であり―この事実だけで、宇宙のすみずみまで向かうところ敵なしとなる。それに反して巧計や虚飾は、たといそれを百万年の歳月かけて積み重ねたとしても、所詮は無力だ。言葉を飾り流暢であることばかりに腐心する者は敗者となる。
ホイットマン作酒本雅之訳「草の葉(上)」P19

思わず膝を打つ。

ヴォーン=ウィリアムズ:海の交響曲
アマンダ・ルークロフト(ソプラノ)
トーマス・ハンプソン(バリトン)
BBC交響合唱団
アンドリュー・デイヴィス指揮BBC交響楽団

トランペットのファンファーレによる冒頭が、ほとんどマーラーの第8交響曲第1部を髣髴とさせる第1楽章「すべての海、すべての船の歌」。何と開放的な音楽であることか。
第2楽章「夜、渚にひとりいて」は、強いて言うなら「瞑想」だが、中間部のどよめきによりそれは敢え無く打ち破られる。そして、第3楽章「波」はドビュッシーの「海」の焼写しのよう・・・。しかし、ドビュッシーほどに「革新」もインスピレーションも感じられない・・・、残念ながら。

30分弱を要する終楽章「冒険者たち」も規範とするのはマーラーか・・・。第3交響曲の終楽章を思わせる壮大で雄渾な旋律に溢れるが、僕的には冗長に過ぎる。

なかなか集中力がもたないというのも事実。もっと凝縮された、より規模の小さい音楽作品になっていたら、あるいは「海の交響曲」はもっと人々に聴かれる名作になっていたのかも。総じて音楽の深度は「並」としておく。

 


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