アイヒホルンのブルックナー交響曲第2番(1872年版)を聴いて思ふ

bruckner_2_eichhorn一つの形にこだわる執着心と偏執性。よく言えば、集中力と反復継続力。アントン・ブルックナーの特質を表すならそういう表現がぴったり。
ウィリアム・キャラガン教授は語る。

第2交響曲はブルックナーの創作活動において一つの要となる作品である。この作品をもって初めて、以後の生涯を通じて彼が抱くことになる交響曲の概念が結実したからである。それは例えば、アレグロ楽章の2部構造、提示部と再現部の3主題性、アダージョ楽章の5部ロンドとコーダという構造(これは一例を除いて以後の全交響曲で採用された)に見られる。
(土田英三郎訳)

変人であったことは間違いなかろう。それでも、彼の音楽を愛する者にとっては、そうであったがゆえに生み出された傑作の数々を、それも様々な異なる版で享受できる喜びが残されたことに感謝の念が絶えない。交響曲第2番フィナーレ冒頭に響く大自然・大宇宙のどよめきにも似た豪放磊落な主題に心躍る。

そういえば、ゲーテの著作にも興味深い、秀逸な言を発見した。

卓越したことを成し遂げようとする人は、それがあらゆる方面に無限なので、それを行なうことが許される神と自然のように、なんでもやろうとしてはならないのである。それゆえ世間が欲するのは、ある分野で頭角をあらわし、その人となりが一般に認められ愛されている寵児がその活動領域から遠ざからないこと、まして全然ちがう領域に行ってしまったりしないことである。あえてそれをやっても、誰もありがたがらず、たとえよい仕事をしても、とくに拍手喝采はしないのである。
木村直司編訳「ゲーテ形態学論集・植物篇」P211

生涯神を崇拝したブルックナーにとって、神と自然は超えられないものだった。つまり、人として自らの人となりが無意識にわかっていたということ。謙虚だったのだ。それゆえ「一つの形」にこだわり、一生それを追い続けた。

ブルックナー:交響曲第2番ハ短調(ウィリアム・キャラガン校訂による1872年版)
クルト・アイヒホルン指揮リンツ・ブルックナー管弦楽団(1991.3.25-28録音)

希望に満ちる第2交響曲。第1稿、すなわち1872年版は、通常の楽章配置と異なり、スケルツォが第2楽章となる。主部の金管の咆哮も決して下品にならず、弦楽器を主体に勢いをもって音楽が作られる様に、アイヒホルンのブルックナーへの愛を想う。そして、ほとんど野人ブルックナーの野性を感じさせない実に優雅なトリオ。弦楽器の奏でる囁きに思わず跪く。スケルツォ再現部も無茶をしない余裕のある爆発と前進。
第3楽章アダージョの清楚で格調高い美しさはブルックナーの全交響曲中随一ではなかろうか。第1主題の夢見るような旋律から涙なくして聴けない。ピツィカートの上に出されるホルンによる第2主題には哀愁と憧憬が漂い、この楽想が奏されるたびに心高鳴る。
作品の解決となる終楽章の「迫真」。特に、全休止における「間」の良さは指揮者の独壇場。しかも、アイヒホルンはこれらの音楽にあくまで力を抜いて対峙し、自然を逍遥、神に祈りを捧げるのだ。

天才のインスピレーション煌めく第1稿に感謝。
カップリングの1873年第2稿についてはまた別の機会にでも・・・。
なお、ライナーノーツには「個人的なメモ」としてキャラガン氏の、病床にあったレオポルト・ノヴァーク氏との最後の面談についての記述があり、感慨深い。

6月にオールドボールグ氏はノヴァーク夫人から手紙を受け取った。夫人はこう書いている。「レカヴィンケル・サナトリウムへのあなたがたの訪問は、主人にとってあんなに夢中になって学問的な会話を楽しんだ最後の機会でした。誰もあの時は考えてもみなかったでしょうし、わかりもしなかったでしょう。主人が私たちと一緒にいられるのがあとわずかだったなんて。」この偉大な人物が本エディションの校訂者として、私を選んでくださったことに対して、私はどんな言葉でも言い尽くせない意義を感じている。安息されんことを。
(土田英三郎訳)

 

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