デイヴィッド・マンロウ「ゴシック期の音楽」を聴いて思ふ

music_of_the_dothic_era_munrow「歴史」というのは本当に面白い。ほんの2,3百年前の話ならば文献もたくさん残されており、時代背景をつかみながら「文化」を堪能することは容易だが、1千年近い昔になると一筋縄ではいかない。それこそイマジネーションを喚起せねば愉しむことは不可能だ。

夭折のデイヴィッド・マンロウが最晩年に録音した「ゴシック期の音楽」。
解説書には、収録された音楽作品のマンロウ自身による手引きがあるが、その緻密で知的な「読み込み」、「理解」には感嘆の声をあげざるを得ない。

計量化された多声音楽を書くということは、作曲における根本的な前進であった。それにたとえば、絵を色付きで書いたり、詩を韻文で書いたり、穹窿を石造りで構成したりすることに比較されよう。しかし、レオニヌスとペロティヌスがモーダル・リズムの技法(基本的には、古代の韻律学に由来するリズム定型の応用)を展開しこれに対応する記譜法を確立した時、彼らは、続く2世紀における記譜法の発展のための基礎を作ったばかりでなく、同時に、壮大な構想とこまやかな仕上げをもつすばらしい芸術作品をも作り上げたのである。
デイヴィッド・マンロウ「ゴシック期の音楽」(礒山雅訳)

ここで言及されるモーダル・リズムとは、「長短の音符の組合せによって3拍子を基本とする厳格なリズム体系」のことを指し、それ以前のポリフォニー音楽が単旋律のグレゴリオ聖歌のリズムに準じていたことに対し、画期的革新だったそう。実際、12世紀ノートル・ダム楽派のレオニヌスの「2声のオルガヌム」を聴くと、グレゴリオ聖歌を低旋律とし、それに対旋律を付け加え、構成されていることがよくわかる。

なるほど、いつの世も革新というのはゼロから1の創出ではなく、既にあるものに何かを足すことに起因するのだということがここからも理解できる(しかしそこには、単なる足し算ではなく、後述する菊地氏が言う「破壊もしくは逸脱/変容」というものが存する)。

ここで菊地成孔氏の「神々のモーダリティ」をひもといてみる。

彼(チャーリー・パーカー)と数名の仲間によって第二次世界大戦中に「ほぼ瞬間的」に生み出された「ビ・バップ」という音楽の構造は、垂直に配置されたと認識される「和声(コード)」を不断に連続的に、かつ従来的な西洋音楽(バッハからスウィング・ジャズまで)の調性範疇を拡張しながら高速で演算処理していくように見え、これはグレゴリオ聖歌や対位法など、のちに平均律として結晶化/無化するまで西洋音楽のなかでさえ燦然とした光度を保っていた「旋律性(水平性)」を含む、遍く世界中の前近代音楽(民族音楽)の水平性総体に対峙する、きわめて希少性の高い「強・垂直力」を持った音楽で、その構造特性をここでは便宜上“コーダリティ”と称する。
バッハの直接の子孫とさえ言える観があるビ・バップのコーダリティだが、一個人の作品ではなく、複数の人間による「場」が持つ生成言語的な結実が多くそうであるように、国語にも似た極端に高い完成度(のちに繋がる音楽が、洗練や伝承ではなく、破壊もしくは逸脱/変容しか許されないような)があり、ビ・バップが、誕生すると同時に「それ以外のこと」の追求を強要/強制する力があったことは間違いない。ここでは便宜上「それ以外のこと」を“モーダリティ(旋律性/水平性)”と称する。
菊地成孔・大谷能生著「マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究・上」(河出文庫)P321-322

音楽とは時間と空間の芸術であることをここでも思い知らされる。
しかも、12世紀に起こった革新も、20世紀に起こった革新も、実に同種のものであり、菊地氏の弁にあるようにいずれも「ほぼ瞬間的」に生み出されたものなのだろうと僕は想像する。

ゴシック期の音楽
Ⅰ.ノートル・ダム楽派(1160頃~1250)
・レオニヌス(レオナン):2声のオルガヌム
・ペロティヌス(ペロタン):4声のオルガヌム
Ⅱ.アルス・アンティクヮ(1250頃~1320)
・作曲者不詳:モテトゥス
・ペトロス・デ・クルーチェ:モテトゥス
・アダン・ド・ラ・アル:モテトゥス
・作曲者不詳:モテトゥス
Ⅲ.アルス・ノヴァ(1320頃~1400)
・作曲者不詳:モテトゥス
・フィリップ・ド・ヴィトリ:モテトゥス
・ベルナール・ド・クリュニー:モテトゥス
・作曲者不詳:モテトゥス
・アンリ・ジル・ド・ビジュー:モテトゥス
・作曲者不詳:モテトゥス
・ギョーム・ド・マショー:モテトゥス
・作曲者不詳:モテトゥス
・フィリップ・ロワイヤール:モテトゥス
デイヴィッド・マンロウ指揮ロンドン古楽コンソート(1975録音)

マンロウの凄さは、誰も聴いたことのない古の音楽作品を発掘し、実際に「音」にしてみせたところ。しかもそれが、単に資料的価値に終らず、立派に「聴かせる」レベルの高い音源になっているところが奇蹟なのである。

ちなみに、付録の解説書には使用される古の楽器が写真付きで掲載されており、興味深い。
スライド・トランペット、プサルテリウム、ハープ、フィドル、レベック、テーバー、ポジティーフ・オルガン、ベル、マンドーラ、ツィンク、ナケールというもので、ハープを弾くのは若きクリストファー・ホグウッド・・・。

 

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