ワルター指揮コロンビア響のブルックナー交響曲第9番(1959.11録音)を聴いて思ふ

アントン・ブルックナーの晩年。

91年の最大の事件は、ヴィーン大学哲学部から名誉博士の学位を授与されたことである。ブルックナーにとって大学の博士号は単なる称号以上の意味があった。自ら戦い抜いてきた音楽人生の正しさをいわば公的に立証するものだったのである。・・・こうして11月7日、ヴィーン大学名誉哲学博士の学位がブルックナーに贈られることになった。これは音楽家としては前例のないことで、かつてブルックナーが主張した音楽と学問との深い絆をヴィーン大学が認めたことを意味していた。
土田英三郎「カラー版作曲家の生涯ブルックナー」(新潮文庫)P167

世界にようやく認められたブルックナーは心底感激したらしい。
精神的に満たされてはいたものの、しかし一方で当時の彼の健康は決して良好ではなかった。

ブルックナーは若い時から頭痛もちだったが、91年ごろから慢性の咽喉カタルや胃病にも悩まされるようになり、92年にはかなりの悪化を見た。かつて67~8年に患った重い神経衰弱はその後回復してはいたものの、完治していたわけではなかった。こうした状況のもとでもなお、ブルックナーは大作「第九交響曲」の作曲に携わっていた。
~同上書P170

歓喜と悲哀の狭間に生み出されたこの交響曲が、第2楽章スケルツォを鏡にしたシンメトリカルな3楽章形式の作品として終わらざるを得なかったことは、まさに中庸を体現するようで、それこそ神のご加護のように思えてならない。
ところで、ブルックナーが病に苦しみ、そして、学位を得たことに狂喜していた頃(1891年)、少年ブルーノ・ワルターはバイロイト詣でをし、音楽家として生きる決意を固めていた。

彼の手記にはまた次のような箇所がある。

或る朝私はベルリンを発ち―生まれてはじめて―両親のもとを離れて冒険の旅に出た。聖地バイロイトに着いたのは夕方であった―丘の上の祝祭劇場、さまざまな国語や人種のいりまじった街路―すべてがただひとつのクリングゾールの魔法の庭と化したなかを、私は恍惚として憑かれたようにさまよい歩いた。けれども、この《純潔な愚者》の心は重かった。まだまだその夜の宿を、きめていなかったのである。ゲーテの「ファウスト」の全場面を暗記し、カントの理念と交わっていたとしても、ホテルの支配人や民泊のおかみさんと直接に折衝するには、まだ精神の成熟が足りなかった―私はおとなたちのなかに入ると、あたりまえの十五歳の少年と同じように、内気で不安だった。
内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)P76

亡きリヒャルト・ワーグナーの墓前に詣で、バイロイトへの旅が衝撃的なものであったことが伝わってくる。同時に、少年ワルターの無垢で純粋な魂も。

私は《ヴァーンフリート荘》のまわりを歩き、ワーグナーの墓碑のかたわらに立ち、丘をのぼって行く祝祭の馬車行列を見た。その真中には、子供をつれたコージマの姿があった。そして、祝祭劇場に坐ったのである。暗闇のなかで、《神秘的な深淵》から聖餐の主題がかすかに立ち昇った―なんとすばらしく、なんと忘れがたいものだったろう。そして言うに言われぬ感動を味わった私は、なんと幸福だったことだろう。こうして私は、レーヴィ指揮の「パルジファル」と「トリスタン」を、そして私の記憶ちがいでなければ、モットル指揮の「さまえよるオランダ人」を聞いた―しかしこの三晩目の記憶は、もはやさだかではない―そして、心からワーグナーの世界にひたるとともに、自己の芸術的な天職に対する確信と真剣な意図とをさらに強くして、ベルリンに帰ったのである。
~同上書P77

ちなみに、ワルターが残したブルックナー録音の世間の評価は決して高いものではない。
しかし、ワーグナーに恍惚となったワルターにとって、ブルックナーも同様に重要な作曲家であったのではないか。そんなことを、交響曲第9番を聴いて僕は考えた。

・ブルックナー:交響曲第9番ニ短調(ノヴァーク版)
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団(1959.11.16-18録音)

何より思い入れたっぷりの第3楽章アダージョ。
音楽は常に滑らかに流れ、どの瞬間も優しく、そして静けさに満ちる。
それは、自然とひとつになる様が美しく描かれ、ため息が出るほど。

 

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2 COMMENTS

雅之

最晩年のブルックナーは未完の第4楽章のコーダをどう着地させるかで大いに悩んだでしょうね。

ワルターも優秀なアメリカのオケと一緒に、9番で自らの解釈をどう着地するかについて悩んだと思います。

私は、自ら決めた縛りを課し続け、時間がない中でこのコメントをどう着水さようかと悩んでいます。

「ハドソン川の奇跡」

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%B3%E5%B7%9D%E3%81%AE%E5%A5%87%E8%B7%A1-%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%A4-DVD%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88-%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC%E4%BB%98-Blu-ray/dp/B01N3YNQPJ/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1493234891&sr=1-1&keywords=%E3%83%8F%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%B3%E5%B7%9D%E3%81%AE%E5%A5%87%E8%B7%A1

しかし、果たしてこの選択が正解だったのでしょうか?(笑)

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岡本 浩和

>雅之様

朝っぱらから冴えてますね!!
いつも以上に見事な構成!!

どんな選択をしようといつも正解だと思います。

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