ハイドンのこのエピソードについては有名な話なのでここであらためて繰り返すまでもないが、少しだけ触れておこう。
ニコラウス・エステルハージ侯のために作曲された。
作曲当時、ハイドンと宮廷楽団員は、エステルハージ家の夏の離宮に滞在中だった。滞在期間が予想以上に長びいたため、たいていの楽団員がアイゼンシュタットの住居に妻を送り返さなければならなかった。このためハイドンは、おそらくエステルハージ侯が進んで、楽団員の帰宅を認める気持ちになるように、終楽章で巧みにエステルハージ侯に訴えた。終楽章後半の「アダージョ」で、演奏者は1人ずつ演奏をやめ、ロウソクの火を吹き消して交互に立ち去って行き、最後に左手に、2人の弱音器をつけたヴァイオリン奏者(ハイドン自身と、コンサートマスターのアロイス・ルイジ・トマジーニ)のみが取り残される。エステルハージ侯は、明らかにメッセージを汲み取り、初演の翌日に宮廷はアイゼンシュタットに戻された。
(ウィキペディアより引用)
よくできた話である。
僕などは侯に直接に物を申せなかったのだろうかと少々疑問に思わなくもないが、当時の常識として自身のパトロンとなる御方にそんな大それたことはできなかったのだろう。
ところで、韓国の社会では上司の誘いは「絶対に」断れないのだと。確かに儒教思想根付くかの地ではそういうものなのかも。
歴史的背景、その地の事情、それぞれに「理由」がある。
場所が変われば常識が変わる。時代においても然り。360度の視点を持てるよう2013年は一層の努力をしよう。
2012年最後の日。ゆく年くる年、ということで「告別」シンフォニー。
ハイドン:
・交響曲第45番嬰ヘ短調「告別」Hob.I:45
・交響曲第46番ロ長調Hob.I:46
・交響曲第47番ト長調Hob.I:47
ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェル・ムジーク・バロック管弦楽団
指揮者とオケが完璧に一体になる様。
第1楽章の疾風怒濤。何と斬新な音楽。1770年代当時の人々は驚いたのでは?
そして、第2楽章、優雅で高貴なアダージョ。前半の2つの楽章においてそもそもハイドンは挑戦する。それは侯に対するストレスから発せられるものなのか(笑)、それとも陰なる「思いやり」か。素敵だ。
続く第3楽章メヌエット。何とも気だるい。第4楽章はプレストで開始される。その後に来る第2のアダージョこそが白眉であり、さらなるチャレンジ。
2012年の終わりと2013年の初めが出逢う。
今年よさようなら、来年よこんにちは。