アシュケナージのブラームス「ヘンデル変奏曲」(1991.12録音)を聴いて思ふ

brahms_handel_variations_ashkenazy312ブラームスがクララの誕生日のために書いた偉大な変奏曲。
2人の間に交わされた手紙からは、作品への想いのほか、2人の微妙な関係までもが垣間見える。

ヨハネスの「ヘンデル変奏曲」を弾いた。ひどく神経過敏にはなったが、立派に演奏し、熱心な喝采を受けた。ヨハネスの冷淡さは私をひどく傷つける。彼は変奏曲をとうてい聴いてはいられない、自分の作品を聴いてじっとしているほど恐ろしいことはないと言う。ヨハネスの気持ちもよく理解できるが、せっかく一生懸命に打ちこんでいるのに、作曲者自身が喜んでくれないのは辛い。
1861年12月7日付クララの日記
ベルトルト・リッツマン編/原田光子編訳「クララ・シューマン×ヨハネス・ブラームス友情の書簡」(みすず書房)~P121

クララの承認欲求に対してのヨハネスの冷たさ。
一世一代の女流ピアニストでもこれほどの不満を内に秘めるのだから、2人の関係はやっぱり「他人」ではなかった。それにしてもクララの心底からの愛情表現に対するヨハネスの、まるで駄々をこねる子どものようなゲーム的要素が言葉の端々、裏側に読みとれることが興味深い。

同じ頃、クララは手紙にも次のように認める。

昨日はペンを持って、ご挨拶だけでも書きたいと、机の前に二度も座ったのに、そのたびにお客がありました。別にお知らせもまだありませんが、ご一緒にハンブルクで過したなつかしい楽しい時とあなたのことをどんなに考えているか、お話ししたく思います。またすぐ会えるのに、お別れは本当に辛かった!
1861年12月12日付クララよりブラームス宛手紙
~同上書P121

何という健気な愛。しかしながら、この頃のクララに対するブラームスの態度は終始不機嫌そのものだったというのだから、いかに彼が素直でなかったか・・・(決して一筋縄ではいかない)。
幼少からの愛情への飢えの半端でないブラームス自身もおそらく愛するクララに対してどういう態度をとって良いのかわからなかったのだろうと思う。

ブラームス:
・ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ作品24(1991.12録音)
・ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調作品5(1990.7録音)
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)

ブラームスは実に人間的だ。「不完全さ」を露わにする作曲者の傑作をそれこそ完璧に奏するアシュケナージの踏み外しのない優等生ぶりに感動する(もちろん良い意味で)。
変奏が進むにつれより熱さを帯びる演奏の白眉は、第22変奏以降。余裕と脱力で、譜面にあるがままを音化するピアニストの並はずれた技術。
最後の、青年ブラームスの自信に満ちるフーガの堂々たる風格。ここでもアシュケナージは非常に客観的。

 

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