カザルスのモーツァルト「リンツ」交響曲を聴いて思ふ

mozart_symphonies_casalsモーツァルト家に伝わる諺に次のようなものがある。

充分に美しく語ることも非常に立派な業だが、しかるべきときに沈黙することもまた同様に重要だろう。

真に「生き方」の鑑のような言葉であるが、ヴォルフガング・アマデウスはこのことを音楽によって体現する。音楽とは、音が鳴っている時の美しさもさることながら、音がない一瞬の空白にこそ味わいがあるもので、しかもその対比が見事に決まった時に得も言われぬ感動を呼び起こす。おそらく指揮者の力量もそのバランスのとり方に妙味があると推測するが(ブルーノ・ワルターのK.550第1楽章コーダの一瞬のすきを突くかのようなルフトパウゼなどは指揮者ワルターの天才の最たるもの)、モーツァルトの音楽の絶妙で自然な休符に心が揺さぶられる。
そういえば、あまり意識したことなかったが、実演での(実況録音も含め)楽章間の聴衆の咳ばらいとか楽員のチューニングというのも、音楽が空間及び時間芸術であることを考えると、音楽の一部だと言っても言い過ぎでない。

パブロ・カザルスが晩年にプエルト・リコやマールボロで繰り広げたモーツァルトの後期交響曲の実に熱い演奏を聴いて、僕は上記の諺を思い出した。特に、音楽祭最初期の「リンツ」交響曲の、全体的に遅いテンポの、いかにも恣意的なアゴーギクとダイナミクスに今の僕は感銘を覚える。

モーツァルト:
・交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」(1967.7.30Live)
・交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」(1959夏Live)
・交響曲第40番ト短調K.550(1968.7Live)
・交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」(1967.7.15Live)
パブロ・カザルス指揮マールボロ音楽祭管弦楽団、プエルト・リコ・カザルス音楽祭管弦楽団

実際のところオーケストラの技術は拙い。瑕も多い。さらには録音もまったくの色気なし。この時点(K.425が演奏された1959年)でカザルスは齢85であったが、その年齢とは相反して音楽はまったく枯れることなく、むしろ粘っこく浪漫の極み。相変わらずの唸り声も・・・。
しかし、聴衆が十分に感動していることが理解できる終演後の拍手を耳にしてさらに、これこそが貴重な記録であり、モーツァルトの生の音化であると僕は膝を打った。まさに「しかるべきときの沈黙」あり、そして「充分に美しく語られる」シンフォニーだ(ここでいう「美しさ」とは表面上の彫造を指すのではない)

最愛、最上の友よ!
今どうしても私はお金をお借りしなくてはなりません。―ああ、でも誰に頼ったらよいのでしょう?あなたのほかに、最上の友よ。いないのです!―少し巨額のお金を、やや長期にわたってお貸しいただきたいのです。ここに住んで10日間のうちに、ほかの住居での2ヶ月以上の仕事をしました。・・・ただ沈黙してお待ちしています。
~1788年6月27日付、プフベルク宛手紙(高橋英郎著「モーツァルトの手紙」

変ホ長調交響曲K.543を書き上げた翌日の、何とも悲痛な手紙。この2日後長女テレージアが生後半年にして夭折。何という苦悩・・・。そして、この日から1ヶ月半ほどの間にト短調交響曲K.550及びハ長調交響曲K.551が書かれ、いわゆる三大交響曲が揃う。
手紙の最後に記される「沈黙」という言葉がどうにも哀しく響く。
カザルスのト短調はこの時期のモーツァルトの内面の慟哭を抉り出すような厳しさを湛える。ハ長調「ジュピター」の方も悠然とした歩調を刻みながら実に不安定(フィナーレは怒りのモーツァルトだ!)。まるでモーツァルト自身が乗り移るかのような・・・。

そして、ライナーノーツにおける黒田恭一氏の次の言葉がカザルスの芸術の真髄を言い当てる。

だが、20世紀中葉に生きる人間の多くが、どこかに忘れてきてしまったにちがいない剛毅な精神を、これほど生真面目に主張する演奏をどこできくことができるだろう。

ちなみに、ほとんど話題にならなかったが、今年はカザルス没後40年。

 


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2 COMMENTS

木曽のあばら屋

カザルスの振るモーツァルトは私も大好きです。
現代のスマートな演奏が忘れてしまった大切なことが
ぎっしり詰まっている気がします。
それはつまり「音楽を通して何を伝えたいのか」でしょうか。
マールボロ音楽祭が開催された経緯を思えば、
カザルスの心の中で熱いものが燃え上がっているのも納得です。

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岡本 浩和

>木曽のあばら屋様
まったく同感です。
チェロ演奏にしろ指揮にしろ、おっしゃるように「大切なことがぎっしり詰まっている」と僕も思います。

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