朝比奈隆指揮東響のブルックナー交響曲第7番(1994.4.23Live)を聴いて思ふ

bruckner_tokyo_symphony_asahina439この大らかさ。そして、音の一粒一粒に込められる愛情。
体力も気力も、最も充実していた頃の朝比奈隆の、特にブルックナーの音楽には他の何ものをも寄せつけない「絶対の美」があった。どの作品についても生涯、彼の解釈の基本線は変わらなかった(テンポやフレーズの伸縮については老巨匠のその時の気分によって随分左右されたけれど)。その奇蹟・・・。

交響曲第7番ホ長調。最も思い入れの強い、僕をクラシック音楽の奥深き世界に導いてくれた名作。古今の数多の名演を退け、この作品についてはハース版での朝比奈隆の演奏に止めを刺す。これ以上の解釈は少なくともこれまでの僕には、そして今の僕にも考えられない。
第1楽章アレグロ・モデラートにみる「大自然・大宇宙の静けさ」と、第2楽章アダージョにある「母なる安寧」。後半2つの楽章が前半に比して小さく、バランスを欠くことが残念でならないが、それでもこの2つの楽章を生み出したという事実でアントン・ブルックナーの歴史的価値は十分にある。マクロ・コスモスとミクロ・コスモスの一体とでも表現すれば良いのかどうなのか、森羅万象を思い、そして人間存在のちっぽけさと、であるがゆえの崇高さをあらためて思う。

世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。制度、風俗、慣習など、それらの目録を作り、それらを理解すべく私が自分の人生を過して来たものは、一つの創造の束の間の開花であり、それらのものは、この創造との関係において人類がそこで自分の役割を演じることを可能にするという意味を除いては、恐らく何の意味ももってはいない。
レヴィ=ストロース著/川田順造訳「悲しき熱帯Ⅱ」(中公クラシックス)P425

大自然を敬えと、僕たちをストロースは戒める。
おそらく・・・、ブルックナーも然り。

・ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(ハース版)
朝比奈隆指揮東京交響楽団(1994.4.23Live)

アダージョの頂点に向けての堂々たるクレッシェンドに、朝比奈隆の情念が投影される。しかも、打楽器を排しての極めて透明な響きはそれこそ朝比奈の内にある「愚直さ」の成せる技。
ちなみに、この東響盤は、聴覚上は極めて鷹揚なテンポで進められるように聴こえるのだが、実測時間を見ると(いずれの楽章も)比較的速めのテンポ。これこそ朝比奈マジックである。

幾度も実演に接したその音楽にもはや触れることができない寂しさは確かにある。
音盤を聴くたびに胸を締めつけられるような懐かしさに襲われることも多々。やはり不滅なのである。

個人が集団の中で独りではなく、各々の社会が他の社会の中で独りではないのと同様に、人類は宇宙の中で独りではない。人類諸文化の虹が、われわれの熱狂によって穿たれた空白の中にすっかり呑み込まれてしまう時、われわれがこの世にいる限り、そして世界が存在する限り、われわれを接近不可能なものへと結び合わせているこのか細い掛け橋は、われわれの奴隷化へ向かうのとは逆の道を示しながら、われわれの傍らに留まり続けるであろう。その道を、踏破できなくとも熟視することによって、人間は、人間にふさわしいことを彼が知っている唯一の恩恵を受けることができる。歩みを止めること。そして人間を駆り立てているあの衝動、必要という壁の上に口を開けている亀裂を一つ一つ人間に塞がせ、自らの手で牢獄を閉ざすことによって人間の事業を成就させようとしている、あの衝動を抑えること。
~同上書P427-428

この論が1954年から55年に書かれているという現実に・・・。
同様に、ブルックナーのあの孤高の交響曲群がまた19世後半に生み出されているという現実も・・・。
ブルックナーの奇蹟は、音楽史において、彼がある種「歩みを止めた」ことから起こったことなのかもしれないと思った。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ


2 COMMENTS

雅之

ワーグナーのための「葬送音楽」・・・。

オーレル・ニコレ、モーリス・ホワイト、岩淵 龍太郎・・・、今年はまた、思い出の人たちが続々といってしまいますね。

良くも悪くも現実ですよね。10年以上前、そういう題名の小説を読みました。

「みんないってしまう 」山本 文緒 (著)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%86-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B1%B1%E6%9C%AC-%E6%96%87%E7%B7%92/dp/4041970067/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1454681427&sr=1-1&keywords=%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%86

今読むと、違う感慨があるんだろうなあと、ブログ本文から、ふと思いました。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

ほんとにみんな逝ってしまいますね・・・。
しかし、生きるものはすべて死に向かっているというのは確かに事実で・・・。
ともかく日々、何でも感ずるところを刻んでおこうと思いながら記事を認めております。
何年か空白がありましたが、再び雅之さんにこうやってコメントをいただけるようになり、あらためて感謝いたしております。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む