ハルジー指揮ロンドン響合唱団のラフマニノフ「晩禱」(2014.11Live)を聴いて思ふ

アミン、
来たれ我らの主、神に
呻拝せん。
来たれハリストス我らの主、神に、
呻拝俯伏せん。
来たれハリストス我らの主と神の前に、
呻拝俯伏せん。
アミン。
第1曲「来たれ我らの主、神に」(高井寿雄訳)

民の心の故郷の祈りの歌。魂にまで響く何て素朴な旋律だろう。
それもそのはず、ラフマニノフの「晩禱」は、全15曲のうち10曲はキエフやギリシャで歌われた古いズナメンヌイ聖歌から成っているのである(ちなみに、第1曲は純作)。
イコンを祭る東方正教会の信仰の深さが、キリスト教に疎い僕にもわかるよう。言葉の理解についてはこの際横に置こう。
ゾシマ長老の法話と説教から引く。

青年よ、祈りを忘れてはいけない。祈りをあげるたびに、それが誠実なものでさえあれば、新しい感情がひらめき、その感情にはこれまで知らなかった新しい思想が含まれていて、それが新たにまた激励してくれるだろう。そして、祈りが教育にほかならぬことを理解できるのだ。また、このこともおぼえておくがよい。毎日、できるときでよいから、「主よ、今日御前に召されたすべての人を憐れみたまえ」と、たえず心の内でくりかえすのだ。
ドストエフスキー/原卓也訳「カラマーゾフの兄弟・中」(新潮文庫)P140

インスピレーションは自らの内なる神とひとつになったときに発せられるものなのだと思う。すべての答は外にあるのでなく、内的なもの。イコンは本来偶像を意味するものではなく、自らの鏡を表わすのではないだろうか。

・ラフマニノフ:晩禱作品37(スモレンスキーを記念する夕べのミサ曲)(1915)
クリスティン・ジャスパー(アルト)
ダン・オウワーズ(テノール)
サイモン・ハルジー指揮ロンドン交響楽団合唱団(2014.11.26Live&12.2録音)

同じく、ラフマニノフの純粋作である第11曲「わが心は主を崇め」の静謐な合唱の調べも僕たちの心を癒す。無伴奏混声合唱の土臭く崇高な美しさはいかばかりか。

憎しみの感情が思わず抑えきれぬ力で彼をとらえ、判断がつかなくなった。すべては一瞬のうちに起こったのです!これは狂気と錯乱による心神喪失であり、自然界のあらゆるものと同様、無意識のうちに抑えきれぬ勢いで自己の永遠の法則に対する復讐を叫ぶ、自然の心神喪失なのです。しかし、殺人者はこの場合も殺したわけではありません―わたしはそう主張し、そう叫びたい。そうです。彼は嫌悪の憤りにかられて、殺すつもりではなく、また殺してしまうことも知らずに、杵を一振りしただけなのです。
十三「思想の姦通者」
ドストエフスキー/原卓也訳「カラマーゾフの兄弟・下」(新潮文庫)P589-590

当時、反響と批判を巻き起こしたフェチュコーウィチのこの詭弁について、今僕は是非を問うつもりはない。しかし、果たして神(真理は、あるいは愛は)はこれをどう判断するのだろう?
興味深いのは、ラフマニノフがこの作品を作曲した時期が、ロシア革命の直前であったという事実。そして、好評を博した初演後、革命のため作曲者が西側に逃れ、祖国も社会主義化し、結局しばらく再演を望めなかったという事実。

皮肉にもロマノフ王朝の黄昏時に生み出された歌、民衆の祈りがとても哀しく響く。
ズナメンヌイ聖歌による第14曲「爾は墓より復活し」の儚い美しさ。

主や爾は墓より復活して、地獄の鎖を破り、
死の罰を亡くし、
衆人を敵の網より救えり、
慈憐なる者や、
爾は使徒に顕れて、
かれらを伝教に遣わし、
かれらによって爾の平安を世界に賜えり。
(高井寿雄訳)

ロンドン交響楽団合唱団の洗練されたアンサンブルが、民衆の魂の叫びと中和するように、真っ透明な響きを醸す。

 

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2 COMMENTS

雅之

「カラマーゾフの兄弟」については、亀山郁夫氏による新訳や、例の話題になったフジテレビのドラマや、有名な1969年の ソ連映画版よりも、近年のロシアでの制作ドラマの出来が原作に忠実で非常に素晴らしく、これにより一段と理解が深まった気がしています(DVDは購入し所有しています)。

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ロシア語は、細かなニュアンスの邦訳が非常に難しい言語のひとつだと思います。映像で補うことも必要だという確信を、読めば読むほど抱いてしまいます。

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岡本 浩和

>雅之様

こんなのがあったのですか!!知りませんでした。
またもう「時間泥棒」の因となる代物のご紹介をありがとうございます。(笑)
あー、観たい・・・。しかし、9時間ですか・・・。

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