宇野功芳指揮新星日響のブルックナー交響曲第8番(1992.4.9Live)を聴いて思ふ

bruckner_8_uno_1992470尋常ならざる愛情を思う。

彼はモーツァルトと同じように、決して思考の人ではなかった。読書をせず、新聞も読まず、日常の出来事や政治問題にはまるで疎かったが、このような「心の垢」(岡潔のいう)のまるでない純粋な人ほど「直観」は鋭いのである。彼は都会を嫌悪し、礼儀作法を嫌い、社交性も皆無、大自然のみを愛して一生を送った。

まことにわれわれにとって真理を告げるのは自然の偉大さのみである。ロダンがその「遺言」の中に、「自然をして唯一の女神たらしめよ。絶対の信仰を彼女に捧げよ」と書いているのは正しい。
宇野功芳著「モーツァルトとブルックナー」(帰徳書房)P221

宇野さんが「ブルックナーの人と作品」と題する評論に綴る言葉である。今となっては少々振り切れた論だと思うが、当時20歳の僕は見事に感化された。爾来、この人の推奨するブルックナーに徹底的に耳を傾け続けた(一方、彼の認めないブルックナーについては食わず嫌いした)。
確かに功罪あれど、宇野さんには感謝する。
何より美しいブルックナーの世界に誘っていただけたのは偽りのない事実ゆえ。

宇野さんの音楽は、自然体を逸脱する。あまりにも恣意的でデフォルメされる。しかし、ブルックナーの交響曲第8番への愛情に関する限り本物だ。
邪道と笑うなかれ(侮るなかれ)。ここには、多少の人口性は止むを得ずとも真実が宿る。宇野さんが敬愛するかつての巨匠たちを模範とし、切り貼りしつつ自身の絶対的表現として聴衆に確信をもって提示する。

・ブルックナー:交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版)
宇野功芳指揮新星日本交響楽団(1992.4.9Live)

冒頭から音楽は一気呵成に噴出する。ともかくすべての音が楽譜上よりも強めに設定されるのである。おそらくこれは宇野さんのブルックナーに対する肯定であり、信奉だろう。
第1楽章アレグロ・モデラートにおける第1主題群経過部の「ため」に思わず唸る。そしてまた、第2主題の永遠を思わせる美しさ。
第2楽章スケルツォは、理想的なテンポでブルックナーの野人ぶりを表現する。怒涛のティンパニの響きがこれまた有機的。
そして、一切の弛緩なく奏される第3楽章アダージョの崇高さ。速めのテンポで、それでいて聴く者には相当の感動を与える一世一代の名演奏。私見だが、これほど内省的でありながら楽観に満ちる音楽はなく、これを凌ぐ演奏はなかなかない(と思う)。
圧巻は終楽章!!
金管群と弦楽群を同等に扱う堂々たる第1主題の妙。
清廉な第2主題のそこはかとない哀感にブルックナーの孤独を思う。
一方で、「逍遥」と称される第3主題のあまりの意味深さ。ここは間違いなくクナッパーツブッシュをモデルとするが、宇野さんの表現に十分昇華されていると思う。
それにしても展開部の柔らかさはいかばかりか。安心して身を委ねられる包容力とでも言えば良いのかどうなのか。突然の強音での金管の響きと打楽器の轟音にも優しさを感じるのである。
ちなみに、コーダ直前の第3主題のフーガ的展開と第1楽章第1主題再現の思い入れと儚さ。その後の終結部の神々を思う慈愛の深さは言語を絶する。これほどに各々の主題が意味深く絡んだ解釈はほとんど接したことがないかも。特に、ホルンの第2楽章主題の回想に思わず涙する。

そこへいくと、「第8」はあらゆる意味で完璧である。スケール雄大で広々として、4つの楽章の配置、バランスもよく、内容にいたっては「第7」までのあらゆる交響曲を凌駕する。要するに、ここにはブルックナーのすべてがあるのだ。
~同上書233

宇野さんのブルックナーへの尋常ならざる愛情を思う。
願わくば、終演後の(おそらく)怒涛の拍手喝采までも収録しておいて欲しかった。

 

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3 COMMENTS

雅之

これは確かに素晴らしい演奏だと思いました。

今の私は、ブルックナーにせよシベリウスにせよ、しょせん本物の自然や宇宙の奥深さには到底かなわないとという感想を持っています。

それと、特にブルックナーの音楽は長いので、集中して聴きたい私には「時間泥棒」です(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様

>しょせん本物の自然や宇宙の奥深さには到底かなわないとという感想を持っています。

それはその通りですね。
とはいえ、人間が可能な創造の最高の形がシベリウスやブルックナーなのだと思います。

>集中して聴きたい私には「時間泥棒」です

何かを犠牲にしていただかないと・・・(笑)

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