アバド指揮ベルリン・フィルのムソルグスキー「死の歌と踊り」ほか(1994.2Live)を聴いて思ふ

mussorgsky_tchaikovsky_abbado_bpo483清廉なムソルグスキー。
ロシア的荒々しさの少ない、洗練された音楽が連綿と綴られる。アナトーリ・コチェルガの声質もあろうが、アバドの正確無比の棒がものを言う。否、これはショスタコーヴィチの編曲の魔法だ。何より作曲家の内燃する心情を率直に表現する。一定の、安定した調子で歌われる歌曲集「死の歌と踊り」。
もっと土俗的な、大地を揺るがすような妖気も欲しい気もするが、これほどに整頓された音楽ならば十分に心は満たされる。
ムソルグスキーとショスタコーヴィチ、二人の天才による傑作。

そして、醒めたチャイコフスキー。
この、形を整えた怒涛の交響曲は、作曲家自身がどのように評価しようと一部の隙もない完全な作品として僕たちの前に現出する。
クラウディオ・アバドがベルリン・フィルと録音した交響曲第5番は、何がなくとも名曲ゆえの魅力を発する。しかし何より、これほどに冷淡な(冷たい)チャイコフスキーはないのではないか?いや、「冷たい」というと語弊がある。ならばそれをあえて「都会的」と言い換えよう。

・ムソルグスキー:歌曲集「死の歌と踊り」(ショスタコーヴィチ編曲)
・チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調作品64
アナトーリ・コチェルガ(バス)
クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1994.2.18-20Live)

ベルリン・フィルのシェフに就任してからのアバドの音楽は一層緊張感に溢れる名演揃い。特に、ムソルグスキーをはじめとするロシアものの、洗練された表面から滲み出る暗澹たる哀感は他を冠絶する素晴らしさ。
それは、ちょうどドストエフスキーの心を、妻のアンナが口述で書き取った小説のよう。小奇麗に磨き上げられた表面から湧き立つ魂の叫び。

夫がいつも仕事をするのは夜なかで、家じゅうがすっかり寝しずまって、思考の流れを何ものにも乱されなくなってからだった。筆記させるのは昼間、二時から三時までのあいだだったが、このときこそわたしの生涯で最も幸福なときだったと思い出す。新しい作品を、好きな作家の口から、登場人物に生命を吹きこむ口ぶりで聞かされることは、幸福この上ないめぐりあわせだった。
アンナ・ドストエフスカヤ著/松下裕訳「回想のドストエフスキー2」(みすず書房)P85

愛情に溢れる文章だ。
そこに、愛に満ちる音楽が流れる。
死を題材にしようと生をそれにしようと、すべてが愛らしく美しい。
すべては一体だ。

 

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2 COMMENTS

雅之

岡本様の誕生日に「死の歌と踊り」のコメントは書きにくいですねぇ(笑)。

ブログ本文は春分の日ですから、とりあえずご先祖様に感謝することにいたします。

[お坊さん便] 法事法要手配チケット

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>「冷たい」というと語弊がある。ならばそれをあえて「都会的」と言い換えよう。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

生と死は一体ですから、あえて誕生日に「死」にまつわるコメントでも良かったのですが・・・(笑)
それにしてもamazonというのは何でも売ってるんですね!

ありがとうございます。

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