この神秘的な響きは、20世紀初頭に本当に理解されたのかどうなのか?
静謐なという表現が正しいのかはわからない。それでも一粒の音が永遠に響き渡るような作りに感嘆の念を覚えざるを得ない。ここには青年モーリス・ラヴェルのすべてがある。
マルタ・アルゲリッチの弾く「夜のガスパール」を聴くにつけ、技巧的にも完全なものでありながら、ラヴェルが触発されたアロイジウス・ベルトランの散文詩の神髄を見事に表すその表現力に度肝を抜かれる。
聞いて!―聞いて!―私よ、オンディーヌよ、月の陰鬱な光に照らされたあなたの窓のよく響く菱形に、雫で触れているのは。モアレのドレスを纏ったお城の姫君で、あなたのバルコニーできれいな星月夜と眠りについた美しい湖を見つめているの。
水の奇蹟。第1曲「オンディーヌ」の透明さは随一。
何よりインスパイアされた詩の冒頭が「聞いて!―聞いて!」とは!!
耳を澄まして音に寄り添う音楽の美しさはラヴェルの真骨頂。
また、第2曲「絞首台」の底辺に持続的に流れる不気味な鐘の音に震える。
ああ!私が聞くもの、それは鋭い音を立てる夜の北風か、それとも枷木の上で息をつく絞首刑者か?
それはその木を憐れみで覆うむなしい苔や木蔦の中に潜んで歌う蟋蟀か?
死を目前にした男は自然と一体化するのか。
アルゲリッチのピアノが冷たく戦慄する。
そして、第3曲「スカルボ」の超絶技巧!!ずる賢い小人のスカルボの舞踏。
おお!幾度私は奴を聞き、見ただろう、スカルボを!月が空の中で、金の蜂をちりばめた青い旗の上の銀貨のように輝く真夜中に!
すべては幻想だ。そしてその目に見えない姿を見事に音化したラヴェルの魔法、さらには、その作品を美しく再現するアルゲリッチの天才。
ラヴェル:
・夜のガスパール
・ソナチネ
・高貴で感傷的な円舞曲
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)(1974.11録音)
あるいは、ラヴェルが密かに愛して止まなかったソナタ形式の枠組みを採り入れた「ソナチネ」の可憐な美しさ。
第1楽章モデレの細かい音の動きに心動かされ、第2楽章ムーヴマン・ド・ムニュエのあまりの煌びやかさにラヴェルもアルゲリッチも本当に音楽を愛する人たちなのだと感心。第3楽章アニメのクライマックスに向けての高揚に思わず唸り、旋律の美しさにも落涙。
最後の「高貴で感傷的な円舞曲」はこのアルバムの白眉だろう。
音楽は踊り弾け、それでいて一瞬たりとも意味を失わず、有機的に鳴り渡る。
題名は、シューベルトを手本にして一連の円舞曲を作曲した私の意思を、十分にものがたっている。「夜のガスパール」の基盤になっていた名人技を、その書法は引継いでいるが、それはあきらかにもっと夾雑物をすて去っていて、和声を硬質にし音楽の彫りの深さを強調してしめす。・・・私には、第7曲目がもっとも特性的であるようにおもわれる。
(自伝素描)
~POCG-1369ライナーノーツ
作曲者自身が最も特性的だと言い切る第7曲に、僕はショパンの木魂を思う。
明らかに方法は異なるが、しかし、その旋律の妙、ヴィルトゥジティ含め、ピアノの詩人からの影響が大いにあるのである。
※アロイジウス・ベルトランの訳詩はすべて宮崎茜「アロイジウス・ベルトラン『夜のガスパール』の影響─モーリス・ラヴェルのピアノ作品の場合―」からの借用。
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