エレーヌ・グリモーの”WATER”(2014Live)を聴いて思ふ

grimaud_water484水がきれいだ。
水はまた気持ち良い。
その上、水は美味しい。

「ウォーター」と題するエレーヌ・グリモーの聖なる最新作が素晴らしい。ニティン・ソーニーの7つの「ウォーター―トランジション」を各楽曲の間に挟んだコンセプト・アルバムだが、その名の通り、70%が水である身体が共鳴し、また70%が海である地球(大地)が反響する。
繰り返し聴いて思う。エレーヌは「水」を通して「大いなる愛」を描こうとしているのだろうと。

流れる水面に寝そべるストーカーの後ろを横切る犬・・・。
アンドレイ・タルコフスキー監督の「ストーカー」の一シーンを想像した。

「ストーカー」で私は、人間の愛こそが世界に希望はないとする無味乾燥な理論家に対抗できる奇跡であるということを、はっきり、率直に語っているのだ。この感情は、われわれにとって普遍的な、そして疑いもなく肯定的な価値なのである。愛することをわれわれは忘れてしまったけれども。
アンドレイ・タルコフスキー著/鴻英良訳「刻印された時間―映像のポエジア」(キネマ旬報社)P291

そう、忘れてしまった行為を思い出させるべくエレーヌはピアノを奏でる。
何という恍惚!!これは「水による禊」なのだ。

tarkovskyとりわけ水がその大半を占めているが、四元素はここでも顕著である。トンネルの上からしたたる雨水、ゾーンの心臓部で突然降る雨、彼らが渡らねばならない運河などは、たんに際立っているだけの映画的な映像ではない。それらにはみそぎの意味が込められており、映画を通して出会える、ヨハネの黙示録やキリスト教のシンボル群に響き合っているものである。たとえば、いばらの王冠や旅の終わりの部屋の魚、そして黙示録の一節などである。
ピーター・グリーン著/永田靖訳「アンドレイ・タルコフスキー―映像の探求」(国文社)P157

エレーヌ・グリモー:ウォーター
・ベリオ:水のクラヴィア
・ソーニー:ウォーター―トランジション1
・武満徹:雨の樹II(オリヴィエ・メシアンの追憶に)
・ソーニー:ウォーター―トランジション2
・フォーレ:舟歌第5番嬰ヘ短調作品66
・ソーニー:ウォーター―トランジション3
・ラヴェル:「水の戯れ」
・ソーニー:ウォーター―トランジション4
・アルベニス:「イベリア」第2巻~「アルメリア」
・ソーニー:ウォーター―トランジション5
・リスト:「エステ荘の噴水」
・ソーニー:ウォーター―トランジション6
・ヤナーチェク:「霧の中で」~第1番アンダンテ
・ソーニー:ウォーター―トランジション7
・ドビュッシー:「沈める寺」
~ボーナス・トラック
・ウォーター・リフレクションズ
エレーヌ・グリモー(ピアノ)(2014.12Live)
ニティン・ソーニー(作曲、プロデュース)(2015録音)

冒頭、ルチアーノ・べリオの「水のクラヴィア」から、澄んで煌めくピアノの音が身体の中を駆け抜け、魂にまで沁み渡る。あまりに美しい「自然」の音楽に安らかになる。
また、メシアンに捧げられた武満徹の「雨の樹II」の、いかにも武満らしい揺れる哀感。エレーヌの深い想いが見事に刻印される。あるいは、フォーレの「舟歌」の、中間の激しい愉悦に心奪われ、ラヴェルの「水の戯れ」の微細な動きに思わず唸る。
しかし一層凄いのはアルベニスだ。「アルメリア」のオリエンタルな響きこそ、時にジャジーに崩して奏するエレーヌの真骨頂。あるいは、リストの「エステ荘の噴水」に聴こえる涼しげな水飛沫は音の映像であり、魔法。技術的にももちろん巧いが、こういう情景描写をやらせるとエレーヌは人後に落ちない。
さらに、ヤナーチェクの「霧の中で」の虚ろな響きに感動。ここでのエレーヌは音の一粒一粒に感情移入する。
最後はドビュッシーの「沈める寺」!!何と透明な音楽。ここに辿りついた頃には、僕たちはいかにも心身の垢や穢れが拭い去られたかの如く。寺が沈みゆく様の激しいクレッシェンドの威力。同時にあまりに優しく静かなピアノの音。

人間にとって時間が不可欠なのは、人間が受肉し、人格となるためである。私が念頭においている時間とは、なにかを作り出したり、ある行為を完成させたりするのに間に合うかどうかを示す直線的な時間ではない。行為、それは結果である。しかし私が考察しているのは、人間を精神的な意味で実りあるものにする原因についてだ。
歴史はいまだ「時間」ではない。進化もやはり時間ではない。それらは継続である。時間というのは状態なのだ。人間の魂のサラマンドラがそのなかに住む炎なのだ。
アンドレイ・タルコフスキー著/鴻英良訳「刻印された時間―映像のポエジア」(キネマ旬報社)P83

「時間が状態だ」とはよく言ったもの。水がそうであるように、エレーヌの奏でる音楽もまさに状態だ。

人間は精神的な存在であり、同時に、記憶も付与されている。そのことが人間に不満足感を植えつけるのである。記憶はわれわれを弱点のある、苦悩することの出来る存在にするのだ。
~同上書P83-84

タルコフスキーは「苦悩」を肯定する。
その「苦悩」を癒す物質こそが水なのだ。
ソーニーの「トランジション」たちが、実に巧妙な「つなぎ」の役割を果たす。

 

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2 COMMENTS

岡本 浩和

>雅之様

ありがとうございます!
グリモーのこの新作は聴けば聴くほど素晴らしいですね。
ながらのアンビエント音楽でもOK、真面目に傾聴するクラシック音楽でもOKと、どんな聴き方にも対応できる出来だと思います。
なるほどモネの「睡蓮」もイメージぴったりです。

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