ショウ指揮アトランタ響のヒンデミット「遅咲きのライラックが前庭に咲いたとき」を聴いて思ふ

hindemith_lilacs_shaw_atlanta644その季節が訪れると、自ずと人は懐かしさとともに思い出す。
自然が人に与えるインスピレーションの重さよ。

遅咲きのライラックが前庭に咲いて、
西の夜空に大きな星が早くも沈んでいったとき、
わたしは嘆き悲しんだ、そしてなお、永久に帰ってくる春ごと
に嘆き悲しむことであろう。

永久に帰ってくる春よ、おまえは必ず組になった三つのものを
わたしのところに持ってくる、
多年生の花咲くライラックと西に沈む星と、
それに、わたしの愛するひとの思い出と。
木島始編「対訳ホイットマン詩集―アメリカ詩人選(2)」(岩波文庫)P123

嘆きの美しい前奏曲に続く第1楽章「遅咲きのライラックが前庭に咲いたとき」の、ウィリアム・ストーンのバリトンによる詠唱の奥深さ。この詩は、暗殺されたリンカーン大統領を悼んで書かれたものだが、無慈悲に、無暗に死ななければならなかった人々の無念さ、そして、その思いを認めた詩人の深い悲しみが直接に伝わる。

哀悼の意を表しつつも、どこか「死」というものに対しての憧憬が感じられる作品。
国家に迎合しなかったことから「退廃音楽」の烙印を捺されたパウル・ヒンデミットが、第二次大戦の戦没者やフランクリン・ルーズヴェルト大統領追悼のために書き下ろしたレクイエムは、ウォルト・ホイットマンの詩集「草の葉」からテキストを拝借しており、どの瞬間も愛に溢れ、死さえも無意識に肯定する力に満ちる。

メゾソプラノによる第2楽章アリオーソ「沼地で」は、ジャン・デガエターニの声質のせいもあるのか、孤独な悲しみが無限に拡がる。

閑静な奥まったところにある沼地で、
一羽の内気な隠れた小鳥が歌をさえずっている。
ひとりぼっちのツグミ、
定住の地を避けて、身を潜めたこの隠者は、
ひとりきりで歌をうたう。
~同上書P127

そう、人は死に往くとき、ひとりぼっちなのだ。
そして、合唱による第3楽章行進曲「その春の胸の上を」の崇高美。

・ヒンデミット:「遅咲きのライラックが前庭に咲いたとき」~愛する人々へのレクイエム
ウィリアム・ストーン(バリトン)
ジャン・デガエターニ(メゾソプラノ)
ロバート・ショウ指揮アトランタ交響楽団&合唱団(1986.3.31&4.1録音)

さらに、第5楽章アリオーソ「そこ沼地で歌いつづけよ」では、同じくデガエターニの深みのある清澄な歌に死者が目の前に蘇るかのよう。

そこ沼地で歌いつづけよ、
おお、恥ずかしがりの優しい歌い手よ、わたしはおもえの曲を
聞く、おまえの呼び声を聞く。
~同上書P137

続く、バリトンによる第6楽章「わたしはどんなふうに歌えばいい?」の癒し。

おお、そこのわたしの愛した死者のため、わたしはどんなふうにじぶんじしんを歌えばいい?
~同上書P137

それに対しては、合唱が次のように応えるのだ。

東と西とから吹いてくる海の風、
東の海から吹き、そして西の海から吹き、ついに大草原でゆきあう、
これら、そして、これらとわたしの歌の息吹とで、
わたしはわたしの愛するひとの墓を香らせよう。
~同上書P139

愛があるなら歌い方などどうでも良い。自然と一体になり、すべてを癒すのだ。
ちなみに、この作品で最も長い第8楽章「歌いつづけよ、おまえ、灰褐色の小鳥よ」にこそ大いなる祈りがある。特に、ヒンデミットの彼らしい浮遊感の漂う音調の中に、世界の無情とあの世の澄明さが見事に刻み込まれており、聴いていて安らぎを覚える。

おお、流麗で、自由で、優しい!
おお、わたしの魂にとって、野生のままで解き放たれて―おお、ふしぎな歌い手よ!
お、あえだけだ、わたしが聞くのは―そのうえ、あの星がわたしを捉える、
(だが、やがて離れ去っていくだろう、)
それに、圧倒する香りをもったライラックがわたしを捉える。
~同上書P143-145

そうして行き着く終楽章「幻を通り抜け」が一層素晴らしい。

あらゆるわたしの時代や国土をつうじて、もっとも優しく、もっとも聡明な魂のため
―そしてこれこそ、愛するその人のため、
ライラックと、星と、わたしの魂の歌と絡みあった小鳥と、
そこ、香る松の木立と薄暗くかすむ杉の木立のなかで。
~同上書P161

独唱と合唱が絡む最後の「遅咲きのライラックが前庭に咲いたとき」というフレーズのあまりの優しさ。

 

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