ペライアのバッハ「ゴルトベルク変奏曲」(2000.7録音)を聴いて思ふ

bach_goldberg_perahia666評判が高かったので聴いてみた。
予想通りのオーソドックスな、説得力のある演奏。
しかしながら、ここまで丁寧に、そして楽譜に忠実に演られると興醒めなことも確か、少なくとも僕にとっては。
高橋悠治さんの対談がとても参考になる。
村上陽一郎さんの「高橋さんのバッハへの対し方に接してみると、その態度というのは、本質的に、そう、ひとことでいうとほんとに優しいんだな」という言葉に対し、彼は次のように応える。

それは違いますね。そういう意味では構えというものを必要としない音楽だとは思いますけどね。鍵盤楽器のための曲ということはベートーヴェンの場合にいえるような、演奏会用の曲、ということではないから。だいたいバッハはクラヴィア練習曲っていうふうに呼ぶでしょう。パルティータも「ゴルトベルク変奏曲」もそうだし、そのほかにも多くが教育用の作品でしょう。その教育というのも、個人的な師弟関係のなかで生まれてくるものでしょう。
小沼純一編「高橋悠治 対談選」(ちくま学芸文庫)P61

高橋さんの「ゴルトベルク変奏曲」の素晴らしさの理由がこの言葉に集約される。そして、10数年前に接した彼の実演がどうして僕の心に突き刺さらなかったのか、そのこともこの言葉から理解できるように思った。
この人の読みは実に深い、そして的を射る。

たとえば、ヴィヴァルディのコンチェルトを鍵盤のために編曲する。それはただバイオリンをピアノに編曲したというだけじゃないんですよね。ピアノ用になおされることによって、その作品が新しくなる、新しくなるといういい方がいけなければ、変わるわけでしょう。
~同上書P74

作曲者自身が意識的か無意識か、変化を求めたのだと。それはもちろん、食べていくために。
同じ対談中での、村上さんの言葉にもあわせて注目しよう。

バッハの場合そこ(演奏)で出てくる結果が、いろんなかたちであり得る。だから可能性は非常に、いろんな蓋然性が多いわけですね。それが、これでなくてはいけないということはバッハの演奏にとってはたぶんないだろうと最初におっしゃったことにもつながるだろうと思うけれども。
~同上書P70

ここで二人の意見は一致するが、その上で、村上さんは興味深いことを語っておられる。

だから、作曲というのは、いってみれば所与のものを所与のものとして使う場合もあり、もちろん所与を壊していく場合もあるけど、どちらかといえば、創造活動というのは所与性を解放していく方向と言えるのではないか。で演奏っていうのはやっぱり、たとえバッハにおいてそういう自由裁量の余地が際立って大きいとしても、それでも作曲に比べれば、明らかに非常に所与性の高いものですね。
~同上書P71

解放と膠着とでもいうのか。
高橋悠治さんの「ゴルトベルク変奏曲」が開かれているのだとしたら、マレイ・ペライアのそれは閉じられている。いや、見方によっては逆かも。二つは同じ楽譜から生まれた二卵性双生児といえよう。共に美しい。

・J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988
マレイ・ペライア(ピアノ)(2000.7.9-14録音)

鍵盤を転がすように奏でられる可憐な第18変奏。あるいは、哀しい短調の風情を明滅させる第21変奏7度のカノン。そして、静けさに満ちる第25変奏の直後、柔和で明朗な第26変奏に至ってペライアは真価を発揮する。この自然な音調は聴く者に心地良い安心感を与えてくれる(ただし、執拗な(?)反復はやっぱり僕にとっては煩わしい)。
ちなみに、第26変奏から第29変奏までをペライアは「復活」の様相だと分析する。なるほど!
道理でここから一層心がこもり、光り輝いているはずだ。第30変奏クオドリベットは奇蹟的。

 

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2 COMMENTS

雅之

加えて、これからはAIに新しい解釈を委ねることも出来る時代が近そうです。将棋や囲碁の棋譜と楽譜の親和性は高そうですので・・・。とりわけピアノにはその時代が早く来そう。

デジタル技術で、過去の録音を僕らが再創造する遊びも面白そうかもしれません。手始めに、高橋悠治の新旧とペライアのゴルトベルク変奏曲の演奏で、いい部分を任意にコラージュしてみたら、じつに楽しいのではないでしょうか? ピッチや音量等を調整すれば・・・。

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岡本 浩和

>雅之様

AIのその発想は実に面白いですね。確かにそんな時代がもうそこまで来ているように思います。
ちなみに、バッハの音楽そのものが数学的ですから、見事にマッチするように思います。

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