アバド指揮ベルリン・フィルのモーツァルトK.200, K.201 &K.385(1990&91録音)を聴いて思ふ

mozart_28_29_35_abbado_bpo697良くも悪くも無色透明なクラウディオ・アバドのモーツァルト。
以前は少々水っぽいと、その負の面が強調されると感じていたが、今やさにあらず。この、何もしていないような、それでいて鷹揚な響きが実に心地良い。僕も歳をとったものだ。

絶命の瞬間のファウストを思う。

その瞬間に向かってなら言ってもよかろう
留まれ お前はあまりに美しい!と。
俺の地上の日々の 生の軌跡も
その時は 永劫のうちに空しく消え去りはすまい―。
そうした高い幸福の予感のうちに
俺はいま最高の瞬間を享受するのだ。
ゲーテ/柴田翔訳「ファウスト(下)」(講談社文芸文庫)P475

死とは決して恐るべきものではない。大いなる変容の過程にあるひとつの形に過ぎない。
そのことをゲーテは、そしてモーツァルトは知っていた。
18歳のモーツァルトの音楽は極めて純粋で、晩年の底知れぬ深みはないものの決して表層的でない智慧に溢れる。あらゆる感情が統合された超我の世界。最後は必ずモーツァルトに戻るのだ。

モーツァルト:
・交響曲第28番ハ長調K.200(189k)(1991.6.18-20Live)
・交響曲第29番イ長調K.201(186a)(1990.12.4-6録音)
・交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」(1991.6.18-20録音)
クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ハ長調交響曲の明朗快活。また、解放。
当時の手紙が、モーツァルトの心情を明かす。

歯が痛い。(以下全文ラテン語で書かれている)
ヨハンネス・クリソストムス・ヴォルフガングス・アマデウス・ジギスムンドゥス・モザルトゥスが母と姉なるマリア・アンナ・モザルタとすべての友と、わけても美しくやさしき乙女たちに心からの挨拶を送る。
(1774年12月16日付手紙)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(上)」(岩波文庫)P35

言の葉を自由に駆使するモーツァルトは直情的な天才だったのだと思う。
イ長調交響曲の第2楽章アンダンテが美しい。何という清純、また典雅な響き。

人の心は
水にも似たるかな。
天より来たりて
天に登り、
また下りては
地にかえり、
永劫つきぬめぐりかな。

一筋清く光る流れ、
高くけわしき
絶壁より流れ落ち、
膚なめらかなる岩の面に
とび散りては美わしく
雲の波と漂い、
軽く抱きとられては、
水煙りに包まれつ
さらさらと波立ちつ
谷間に下る。
「水の上の霊の歌」
高橋健二訳「ゲーテ詩集」(新潮文庫)P101-102

「ハフナー」交響曲の自然体。ここでのアバドの指揮は脱力の極み。
一定の緊張感と、必要な弛緩のバランス。

ともかく、劇場はこれ以上詰めこむ余地がないくらいで、ボックスも全部ふさがりました。何よりも嬉しかったのは、皇帝陛下(ヨーゼフⅡ世)がお見えになり、大層ご満悦の様子で、大いに喝采をしてくださったことです。
(1783年3月29日付、父レオポルト宛手紙)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P90

「ハフナー」交響曲初演の日の、絶頂期のモーツァルトのはち切れんばかりの喜びがたまらない。
嗚呼、時の流れが速い。

 

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2 COMMENTS

雅之

クラシックに見切りを付けようとしても、モーツァルトやシューベルトには「第二の自然」が私を虜にしてしまうのでどうにもなりません(笑)。

特にモーツァルトについては、儚い生(光陰矢の如し)、鉱物との関わりという共通性から、まったく違うキャラクターながら、またもや宮沢賢治に想いが連なっていきます。

「賢治と鉱物」 加藤碵一 , 青木正博 (著)  工作舎

https://www.amazon.co.jp/%E8%B3%A2%E6%B2%BB%E3%81%A8%E9%89%B1%E7%89%A9-%E5%8A%A0%E8%97%A4%E7%A2%B5%E4%B8%80/dp/487502438X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1480712240&sr=1-1&keywords=%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB%E3%80%80%E9%89%B1%E7%89%A9

そして「第二の自然」の美にも、大自然の掟として、必ず漆黒のダークサイドが潜んでいるんですよね。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

鉱物の奥深さにいよいよ感銘を受けております。
ご紹介ありがとうございます。

>「第二の自然」の美にも、大自然の掟として、必ず漆黒のダークサイドが潜んでいる

はい、おっしゃるとおりです。

返信する

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