高原の夜は驚くほど静かだ。
大いなる自然の中にあってひとり孤独にベートーヴェンに触れる喜び。特に、後期の崇高な世界に導かれる無限の時空の拡がりは何ものにも代え難い魅力。何という美しさ。そして、何と柔らかいベートーヴェン。決して厳格でなく、また外面的にもごつごつしていない様。ヴィルヘルム・ケンプが2度録音したソナタ全集はどれもが女性的な和みを醸す。
ところで、ケンプはベートーヴェンについて次のように語る。
技術的準備が充分にできたなら、安心してベートーヴェンの世界の支配に出発することができます。しかしこれが一つの世界であるが故に、一日にして征服することはできないのです。
「ベートーヴェンのピアノ・ソナタについて」
否、一生かかっても征服はできまい。それほどに深遠かつ神々しい世界。
また、ベートーヴェン精神の時には数学的な正確さを持つほどの設計に徹底的に思想を滲透させる、明確な頭脳を持たなければならないのです。また誤りのない記憶力が必要です。発想標語に対しても極めて正確に覚えることが必要です。この巨人の創造の息ぶきを理解するためには一応作曲家であることも必要でしょう。しかし心を持つことは更に必要です。
「ベートーヴェンのピアノ・ソナタについて」
全脳的能力を要求するベートーヴェン。中でも心の大切さをケンプは謳う。
ベートーヴェンが彼の「ミサ・ソレムニス」のスコアに鉛筆を以って記したことば、「心から心へ行かんことを」ということばは、すべてのものの上に立たねばならないからです。
「ベートーヴェンのピアノ・ソナタについて」
心と心をつなげること、人類の統合の重要性をベートーヴェンは音楽でもって明らかにする。ケンプはまさにその精神に応えようとするのである。
ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第28番イ長調作品101(1964.9.15-18録音)
・ピアノ・ソナタ第30番ホ長調作品109(1964.1.27&28録音)
・ピアノ・ソナタ第31番変イ長調作品110(1964.1.26録音)
・ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111(1964.1.26録音)
ヴィルヘルム・ケンプ(ピアノ)
いずれも特に緩徐楽章が実に可憐な響き。
作品109の長大な終楽章の構成美。あるいは、作品110第1楽章モデラート・カンタービレ・モルト・エスプレッシーヴォのあまりに美しい主題に欣喜雀躍(天使が舞い降りる!)。さらには、終楽章のフーガにベートーヴェンの明晰な頭脳と敏感な感性を思う(まさにロゴスとパトスの統合!)。
作品111の第2楽章アリエッタは、速めのテンポですっきりと旋律を歌わせながら、ここぞというところで心を込める。なるほど、自然と同期するケンプのベートーヴェンの明朗は、僕たちの魂を癒してくれる。
※上記ケンプの言葉はPROC-1731/8ライナーノーツから引用
ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。
>人類の統合の重要性をベートーヴェンは音楽でもって明らかにする。
そして今年、世界中の人々一人一人が試されるのは、「多様性の中の統合(United in diversity)」を、机上の空論ではなくて真に体現できているかどうかですよね。
ベートーヴェンが音楽で想い描いたような理想への道のりは、誰にとってもまだまだ険しそうです。
https://europa.eu/european-union/about-eu/symbols/motto_en
>雅之様
おっしゃるとおりですね。
世界はそれこそ試されているようです。
大変革の予兆ある中、たとえ困難であったとしてもひとりひとりが前に進まなければなりません。
[…] ※過去記事(2017年1月3日) […]