四半世紀前、サントリーホールで聴いたムスティスラフ・ロストロポーヴィチの印象。
僕の記憶の中の映像は、どういうわけか舞台が中央にあり、周囲を観客が囲んでいるというもの。そして、そこで稀代のチェリストが極めて至近距離で、あの芯の明確な、重量級でありながら美音を放つ魔法のチェロを無心に操っている姿。
おそらく音楽が四方に拡散していたのだと思う。それくらいにあれは強烈な体験だった。
ロストロポーヴィチが逝ってまもなく10年。
そういえば、リヒテルも亡くなって今年で早20年だ。
1964年、オールドバラ音楽祭での貴重な記録。ソビエト連邦の生んだ天才たちの奇蹟的協演。
ブラームスのホ短調ソナタは最初の楽章から極めて雄弁に語られ、伴奏を務めるリヒテルのピアノが霞むほどの衝撃的パッションに溢れる。
また、グリーグのイ短調ソナタにある自由闊達さ。まるで音そのものが手足をもって飛翔するかのように、音楽は縦横に弾ける。第1楽章アレグロ・アジタートのコーダに現れる(同じ調性の)ピアノ協奏曲の主題の木魂が懐かしく響く。第2楽章アンダンテ・モルト・トランクイロの情緒溢れる旋律、何て美しい音詩。極めつけは終楽章アレグロ・モルト・エ・マルカートでの、重厚かつ深みのあるチェロの静けさと、旋律を歌う軽快かつ明朗なピアノの対比(ピアノ伴奏には終始どこかで耳にしたグリーグらしい可憐な旋律が見え隠れする)。
つらいときいはここ(教会)に来るといい。祈りの言葉を知っているかな?私が知っているのは「聖霊よ」と「我らが父よ」だけだ。とにかく勧める。落ち着くから。気持ちを打ち負かせるまで信じるんだ。だがまだ半分しか習得していないがね。
~ユーリー・ボリソフ/宮澤淳一訳「リヒテルは語る」(ちくま学芸文庫)P90-91
いかにもリヒテルらしい。演奏中の彼の類い稀な集中力はそれこそこの祈りから生じているのだろうか。その(野暮な)祈りにロストロポーヴィチの(崇高な)チェロが割って入り、音楽はまるで悟りの境地に達するかの如く光輝を放つ。
・ブラームス:チェロ・ソナタ第1番ホ短調作品38
・グリーグ:チェロ・ソナタイ短調作品36
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)(1964.6.20Live)
・ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタニ短調作品40
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
ベンジャミン・ブリテン(ピアノ)(1964.6.14Live)
あるいは、ベンジャミン・ブリテンとのショスタコーヴィチのニ短調ソナタの超絶名演奏。
これぞロストロポーヴィチの本懐。
ちなみに、当時、心身共に調子が思わしくなかったであろうブリテンのピアノは暗澹たる様相を示し、それがかえってショスタコーヴィチの真髄を突くよう。
めちゃくちゃ落ち込んで&憂鬱だ・・・曲がいつも最悪なような気がして不安・・・何とかしてもっといい作曲家にならねば・・・でもどうやって?・・・でもそうやって?
(1964年11月、ブリテンのピーター・ピアーズ宛手紙)
~デイヴィッド・マシューズ著/中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」(春秋社)P182
流麗でありながらいかにも作曲家らしいアイロニカルな表情を随所に湛える第1楽章モデラート―ラルゴにおけるチェロの瞑想(コーダでの哀感はショスタコーヴィチの天才!)と、続いてそれを見事に打ち破る第2楽章モデラート・コン・モートの機械仕掛けのようでありながらいかにも人間味溢れる冒頭チェロの強奏に心が躍る。最高だ。
第3楽章ラルゴの、深淵を覗き見る悲しい歌に打ちのめされるも、終楽章アレグレットの軽快な舞踏に僕は思わず奮い立たせられる。何という生命力!!
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ生誕90年の日に。
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ショスタコといえば、ご存じのようについにこれが出まして、
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感無量で、他の名盤についてコメントする気にしばらくなれそうにありません(笑)。
>雅之様
あ、ついに出てましたか!
迂闊にも存じませんでした。
ありがとうございます。
あれから10年も経過するとは!!
このツィクルス、ちょうど独立してまもない時で、知っていて聴くことが叶いませんでした。
全部を実演で聴かれた雅之さんが実に羨ましいのですが、僕も手に入れてこの際これでじっくり堪能させていただこうと思います。
情報をありがとうございます。