ゲルギエフの「青ひげ公の城」を聴いて思ふ

bartok_bluebeards_castle_gergievおそらくフロイト以降という影響もあるのだろう、20世紀のオペラというのは人間の深層心理を抉り出す主題が数多く、それが音楽と結合した時のシナジーに見るべきものがあり非常に興味深い。

ベラ・バルトークの「青ひげ公の城」を聴いた。時期的にはバルトークの前衛真っ只中の頃だろうに、その音楽は実にわかりやすく、しかもとても起伏に富んだ音楽に溢れるゆえ、1時間弱というとっつきやすさも相まって、思わず繰り返し聴きたくなる始末(物語の内容はあまりにグロテスクではあるのだけれど)。

物を蒐集する癖は男性特有だろう。それは母体からの分離感から来る特殊な感情だと思うけれど、とどのつまりは「不安感」である。青ひげ公の場合、女性を一日の各時間にみたて、その象徴として城に幽閉する性癖をもつのだが、物語のもう一人の主人公である4番目の女性ユーディットの不安や恐怖に付け込んでゆくストーリーには人間が抱く「幻想」が見事にリアルに盛り込まれており、なるほど我欲の根源が所有欲であることが示されており興味深い。戦いや競争も「所有」のためであり、最後は時間すらも自分だけのものにしたいという愚かさ・・・。とはいえ、ここに一般的凡人(つまり我々のこと)の本性が垣間見え、脚本の下敷きにされたペローの原作が単なる童話でないことが理解でき、ますます興味が尽きない。

何とも血腥い舞台が続く。世間では血塗られた狂気の世界といわれることが多いが、実際のところ狂気でも何でもない。内容が大袈裟に脚色されているだけで、何人の心根にもこういう「グロい」欲望が宿っている(あるいは一歩間違えばそのようになってしまう)ことは忘れてはなるまい。
20世紀のオペラは真に面白い。

バルトーク:歌劇「青ひげ公の城」(1911、1912, 1918 & 1921改訂版)
エレーナ・ジドコワ(ユーディット、メゾソプラノ)
サー・ウィラード・ホワイト(青ひげ公、バス・バリトン)
ワレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団(2009.1.27&29Live)

こういうえぐい作品を音にするのはお手のもの。ドロドロした感情をそのまま音楽に乗せてしまえる手腕においてゲルギエフの右に出る者はいまい。一聴そんなことを思わせるライブ演奏。第6の扉「涙の湖」でのクライマックスの打楽器の重い響きは、強烈な恐怖と哀しみを煽る。こういう場面はゲルギエフの真骨頂。
第7の扉「青ひげ公の妻たち」におけるユーディットの恐怖と諦めと。否、これは諦めなどではない、受容だ。真に女性の懐は深い・・・。

 


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