シャイー指揮ゲヴァントハウス管のマーラー交響曲第4番(2012.4Live)を観て思ふ

人々は天国というものに希望を抱く。
しかしながら、そんなものはあくまで空想で、凡人にとってはこの地上の風景と何ら違いはないのかもしれない。

柴田南雄さんは1984年にマーラーの交響曲第4番終楽章を評して次のように書いた。あの美しい聖なる音楽が、唐突に現れるいわば俗的旋律によって都度穢されるようだというのだ。

その部分の第一節の歌詞は「聖ペテロが天から見守る」、第二節は「パンを焼くのは天使たち」、第三節は「料理するのは聖マルタ」と歌われる。だがこうして折角、天使や聖人の登場した直後に毎回、例のそり遊びを連想する鈴のモチーフがシャン・シャン・シャンと賑やかに挿入されるのが、いささか煩わしく、また題意にそぐわない感じが残る。
柴田南雄著「グスタフ・マーラー―現代音楽への道」(岩波新書)P91

しかしながら、本来天国も地獄もなければ、善も悪もない(だろう)。
それらはすべて人間の認識がもたらした幻想に過ぎない。そして、そのことに気づいたマーラーは、音楽によってそれを示そうとした・・・。

僕の作品はこの冬に自分で浄書する。そしてこの喧騒のさなかで僕の人生に支えを与えてくれるはずだ。まさにここ何年間かそれが欠けていたのだ。自分の聖域なしに生きつづけなければならないと、神から見放されたような気になるものだ。
(1900年8月18日付、ニーナ・シュピーグラー宛)
ヘルタ・ブラウコップフ編/須永恒雄訳「マーラー書簡集」(法政大学出版局)P260

作曲こそが自らの使命であり、支えだと彼は悟った。
その上で、現実から逃れようとする自身への戒めとして(形の上では古典回帰の)この作品を生み出すことに邁進したのかも。

もちろん今これからは何かきついことが僕の許に訪れて、ふたたびここを占拠する。という次第で、以前として僕は半々、第四の世界に生きているのだ。―これは僕のその他の交響曲とまったく違ったものだ。だが、そうでなくてはならないのだ。僕には同じ状態を繰り返すのはできない相談だ―そして人生が先へ進むにつれて、新しい作品ごとに新たな軌道を測量して踏破するのだ。
~同上書P261

ここに、いつどんな時も革新的であったマーラーの姿勢を貫く心底を垣間見る。

・マーラー:交響曲第4番ト長調
クリスティーナ・ランズハマー(ソプラノ)
リッカルド・シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(2012.4.26&27Live)

輝かしいパフォーマンス。
指揮者の余裕のある動きと表情。対してオーケストラ各奏者の、音楽に対峙する真剣な表情。どの瞬間も一切の弛緩なく、マーラーの名作が見事に音化されてゆく。
第1楽章コーダのアッチェレランドの愉悦と興奮は、まるでこの作品を初めて聴いた40年近く前に受けた衝撃をなぞるよう。
何より絶美は第3楽章アダージョの夢見る音楽。
そして、続く終楽章でのランズハマーの歌声の清澄さ、また、可憐さ。

果たして、作曲者自身が意図するものかどうかはわからない。
音楽はまさに人によってとらえ方も感じ方も異なるゆえ。
それでも、僕はとても素晴らしい演奏だと思う。

ちょうどお書きになったものを拝受いたしまして、私の《第四》についての貴重なご議論を嬉しく拝読したところです。これほどまでに理解していただけることをどれほど喜んでいるか、すぐさまお返事いたしたいと存じました。この作品のあなたのご理解は私には新しいもので、なみなみならず啓発されるところがありました。本当に今まで私にはとんと思いつかなかったことをあなたはおっしゃってくださった、と言わざるを得ません。コロンブスの卵のような気が私にはしてまいります。
(1911年2月8日付、ゲオルク・ゲーラ―宛)
~同上書P423

死の3ヶ月前の、ニューヨークからのマーラーの友人宛の手紙は本心なのか社交辞令なのかわからない。それでも、彼がいつも可能性を拡げようと努力をしていただろうことが量られ興味深い。

 

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3 COMMENTS

雅之

>しかしながら、本来天国も地獄もなければ、善も悪もない(だろう)。
>それらはすべて人間の認識がもたらした幻想に過ぎない。

・・・・・・皆に等しく訪れるのが死というもの。それゆえにこそ、人は命尽きるまで存分に生きねばなりませぬ。・・・・・・大河ドラマ「平清盛」最終回 西行の台詞

https://www.amazon.co.jp/NHK%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E-%E5%B9%B3%E6%B8%85%E7%9B%9B-%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%89%88-Blu-ray-BOX-%E7%AC%AC%E5%BC%90%E9%9B%86/dp/B009AR2RNC/ref=sr_1_9?s=dvd&ie=UTF8&qid=1493900486&sr=1-9&keywords=%E5%B9%B3%E6%B8%85%E7%9B%9B

※シャイー指揮ゲヴァントハウス管:マーラー交響曲 Blu-rayのシリーズ、発売されるごとに買っていて、全体的に速めのテンポが快感で病み付きになりました・・・、といったコメントは極力避けております(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様

「平清盛」最終回の西行法師の言葉は見事です。
ありがとうございます。

>といったコメントは極力避けております

いやいや、久しぶりに真正面からのコメントをいただけて良かったです。(笑)
このシリーズ、他の曲は観ておりませんが、シャイーのマーラーは素晴らしいですね。

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