ある偉大な芸術家の思い出

tchaikovsky_suk_trio.jpg百戦錬磨のどんな熟練の芸術家でも舞台に出る前は相応の緊張感を覚えるらしい。良い意味での緊張はとても重要で、お客様に対してより一層の「喜び」を提供するのだという意識で物事に対峙する時、弛緩していたのでは話にならない。セミナーや研修に何百回と携わってきた僕ももちろん時に胃が痛くなるほどの緊張感を味わう。それでも終了時に、参加者の清々しい様子をみると、やっと終わったという解放感と皆様に喜んでいただけたという悦びに満たされる。いつもそういった「仕事」をし続けたいものである。

4月に実施した「新入社員合同研修」の「半年後振り返り研修」。あれから6ヶ月。久しぶりに顔を合わす面々は、多少の疲労感を漂わせながらも一回りも二回りも大きくなって帰ってきたように見える。丸一日を共に過ごすことで、それぞれがそれぞれの仕事を通して悲喜交々、山あり谷あり、様々な体験をして成長していることがよくわかる。うん、若いうち、特に20代はいろんなことを経験して、壁にぶつかり、泣いて笑っての繰り返し、それが君たち一人一人を大きくするんだよ、という温かい気持ちで研修に臨む。

話したいことは山ほどあった。何時間あっても足りないくらい、ひとりひとりに贈りたい言葉があった。仕方なく、一点に絞って最後に締めた。

辛いと感じたとき、普通の人は自分のことばかりを考え、不安になりマイナスのスパイラルにはまりこむ。本日、この場に参加できた君たちにはとっておきの方法を教えよう。辛いと感じたときこそ、他人のことを考えるべし。それも、他人に喜んでいただこうという気持ちをもって行動するのだよ。

一昨日、上野で聴いたチャイコフスキーの音楽が頭からしつこく離れない。室内楽を決して得意としなかったチャイコフスキーが亡き同僚ニコライ・ルビンシテインを追悼してあえて創作した屈指のトリオを目前にして、この音楽が特別な意味をもつ傑作だということをまたしみじみと感じたい、触れたいと思ってしまう。それほどに慟哭の、意味深い「楽の音」が連綿と綴られる。

チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲イ短調作品50「ある偉大な芸術家の思い出」
スーク・トリオ
ヤン・パネンカ(ピアノ)、ヨゼフ・スーク(ヴァイオリン)、ヨゼフ・フッフロ(チェロ)
録音:1976.6.23-24、荒川区民会館

30数年前の日本コロムビアの技術陣の腕の確かさもはっきりと感じとれる名録音。さらに、三者のバランスが見事な名演奏。3つの楽器が完璧に溶け合って、申し分なく極上の響きを届けてくれる。
何だろうなぁ、この一体感は・・・。すべてがつながってるいるんだという確かな感覚。第2楽章のコーダのところで第1楽章の主題が回帰するあのあたりはやっぱり身震いする。今日のところは、同じように終楽章で主題が戻ってくるブラームスの弦楽四重奏曲第3番でも良かったのだけど・・・。

今日も雨は降り続く・・・。


9 COMMENTS

雅之

おはようございます。
>辛いと感じたときこそ、他人のことを考えるべし。それも、他人に喜んでいただこうという気持ちをもって行動するのだよ。
昨夜出張の帰り、駅で、《「ふつうの幸せ」に答えはあるか  勝間和代×香山リカ 激論2時間》というタイトルに釣られて普段買わない雑誌(アエラ’09.10.12号)をつい衝動買いし(笑)、電車の中で読みました。
http://www.aera-net.jp/summary/091004_001188.html
私はこの二人、私と同い年の脳学者、茂木健一郎と並んで「出たがり」なところが超ムカツキ大嫌いなのですが(おいおい、お前に言われたくはないよ!ですって?・・・笑)、この対談は論点が明確で、岡本さんと私の日頃の論議にも少し似ていて、現代日本社会の問題が浮彫になっており人間論にも及び、面白くとても勉強になりました。ぜひ岡本さんにも、ご全文の一読をお薦めします。
重要な論点だと思い、特に私が面白かったところを、一部ご紹介します。
香川 (中略)勝間さんは、いわゆる「勝ち組」にはノブレス・オブリージュ(貴族の義務)的な感覚があると思います?
勝間 少なくとも、私のまわりには多いです。
香川 『国家の罠』の著者、佐藤優さんと話したときに、弱者への思いやりを持つことは人として当たり前だと言われました。
勝間 道に迷っている外国人がいたら声をかけますよね。
香川 そうですか? ある小学校では「知らない人に道を聞かれたら走って逃げましょう」と教えています。病院でも緊急患者を優先したら苦情が来ます。このご時世、誰もが自分の身を守るのに精いっぱいではないでしょうか。「人として当たり前」なことすら、「教育」しなければいけないような気がするんですが、今、何を根拠に思いやりを教えればいいのでしょう。
勝間 すごくシンプルです。外国人に道を教えたら、外国で迷った時に教えてもらえる。利他的な行動を取れば自分が特をすると学んだ人は、利他的な行動を取るようになる。伝播させるには、リワードと呼ばれる報酬が必要です。
香川 道を教える報酬は何ですか。
勝間 相手が「ありがとう」と言ってくれること。
香川 でも、当たり前の思いやりと、リワードがあるからやるということとは矛盾しませんか。「思いやりは当たり前」と言える人は生活が安定していたり、自分に自信があったり、親から肯定されて育ったりした人ではないでしょうか。
勝間 確かにある程度のリーダー層に限定されるので、格差で苦しんでいる人たちが自発的に行動に移せるようにするには、サポートし、カリキュラムを作る必要があります。利他的な行動をすると評価される人事考課や評価制度を作ればいいのです。
香川 でも、成果主義の評価項目に利他的な行動を加えたら、社員が必要以上に同僚の仕事を肩代わりするようになったいうのは、本来的な思いやりとは違いませんか。やはり人間は本来、利他的な行動はしないということですか。
勝間 行動はするけど、反応や喜びがなければ続きません。
香川 喜びは「ありがとう」でもいいんですか。
勝間 それだけでも十分ですが、人間は食べていかなければならないのでお金にならなければ続きません。自分の生活を犠牲にしてまで、利他的な行動はできませんから。
香川 できないんですか。
勝間 できないでしょうね。評価や報酬を与えるというのは、迷う時間をなくす意味もあるんです。何秒かでも利他と利己どちらかを迷うことが、会社や社会全体で莫大なロスになる。
香川 利己的行動より利他的行動を評価するほうがましだとは思いますよ。だけど、やっぱり評価しないとできないのかな。私はヒューマニズムというものに懐疑的でして。
勝間 私はあると強く信じているんですよ。
香山 あってほしいけど、それにも健康や生活の安定といった条件が必要だと感じます。
勝間 そこは政治の力ですよ。健康や生活の最低限のレベルを保障するのは政治。一人でも多くの人が利他的な行動にたどり着けるようにするのが、教育や政治の役割だと思います。
チャイコフスキーの最高傑作、ピアノ三重奏曲イ短調作品50「ある偉大な芸術家の思い出」については、また後日コメントさせてください(涙)。
 

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雅之

すみません。
転記ミスを発見しました。
×香山 あってほしいけど、それにも健康や生活の安定といった条件が必要だと感じます。
○香山 あってほしいけど、それにも健康や家族や生活の安定といった条件が必要だと感じます。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
アエラ、読んでみますね。
それにしても抜粋の箇所だけでも読んでみると興味深いですね。僕も雅之さん同様この二人に関しては好きとはいえないですが、精神医学者というのはこういう人が多いですよね。「出たがり」云々はともかくとして「愛」が感じられないのです。
>チャイコフスキーの最高傑作、ピアノ三重奏曲イ短調作品50「ある偉大な芸術家の思い出」については、また後日コメントさせてください(涙)。
ぜひご意見お聞かせください。

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雅之

>「愛」が感じられないのです。
まさに!! そこが我々の議論とは似て非なるところですね(かなあ?笑)。
このお二人、どちらも安全なところから評論家的に突き放してものを言っている感じはしますね。そこに大きな陥穽があるような気がします。
まあ、いろんな意味で、問題提起の面白さですね。

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雅之

こんにちは。
珍しく昼休みに自分のパソコンで、ブルックナーよろしくコメントの第2稿を送信してみます。
第1稿はちょっとはずしたかも(笑)。削除していただいても全くOKです。
ピアノ三重奏曲イ短調作品50「ある偉大な芸術家の思い出」は、確かにチャイコフスキーの最高傑作かも知れませんね。
ピアノ三重奏曲という曲種は、求心力より遠心力が働きがちな室内楽で、だからこそ個性の強い名手3人の臨時編成での名演が成立しやすいですよね(逆に求心力「命」の弦楽四重奏曲では臨時メンバー編成での名演は困難)。ご紹介のスーク・トリオの録音は私も昔から大好きです。遠心力より求心力を感じさせる稀有の名演だと思います。
ところで、岡本さんは「3」という数字がお好きで、安定を感じておられるようですが、一般的には「三角関係」など、この数字に不安定さをイメージする人が多いと思います。私もそうです(シューマン夫妻とブラームスとか・・・笑)。3人は求心力より遠心力が働きがちで、だからこそ、その昔毛利元就は、息子の3兄弟に「3本の矢」の結束を説いたのではないでしょうか。
ところで、自然界、特に化学の世界では「3」の安定はいろいろありますね。
水(H2O)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Water-2D-labelled.png
二酸化炭素(CO2)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Carbon-dioxide-2D-dimensions.png
これらの「三角関係」の結束は強固ですよね。
三人寄れば文殊の知恵、三冠王、三大テノール、三振、三審制・・・。「3」という数字になにを連想するかも、人それぞれですね。

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岡本 浩和

>雅之様
第2稿ありがとうございます。せっかくですので第1稿もそのままにさせていただきます。まったく問題ございません(笑)。
>ピアノ三重奏曲という曲種は、求心力より遠心力が働きがちな室内楽
なるほど、そういうことなんですね!弦楽四重奏との根本的な違いがそんなところにあったとは!
>遠心力より求心力を感じさせる稀有の名演だと思います。
なるほど、そういわれればそうですね。
>この数字に不安定さをイメージする人が多いと思います。
感じ方は人それぞれですからね。いずれにせよ「3」はそれだけ興味深い数字だということですね。
化学は得意ではありませんが、このあたりくらいなら理解できます(笑)。

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じゃじゃ馬

勝間和代、わたしもどうも敬遠しちゃうのです。
いいこと言っててもそこに「戦略」を感じてしまうというのか(笑)
でも、わたしも先日アエラムック「まねる力」を買ってしまいました。
というのは、比叡山のアジャリや生物学者の福岡伸一さんや姜尚中さんとの噛み合わなさぶりがおもしろくて…。
「もっとゆるやかに」VS勝間和代というような感じでした(笑)
で、本題ですが
>ピアノ三重奏曲という曲種は、求心力より遠心力が働きがちな室内楽
これは末代まで残る名言です!!!!!!
百万ドルトリオ(でしたっけ?)が成り立つのもそれでなんですね。
実際に即席でピアノトリオを弾いても(ピアノ弾きがうまければ・笑)
けっこう弾いてて楽しいのですが、カルテットは即席だと充実感を感じないんですよね。
特にベートーヴェンなんかだといつものメンバーとやりたくなります。
すっごく難しいからというのもあるとは思うのですが。
なんでだろーーーと思っていたのですが、雅之さんのおかげで謎が氷塊。
ありがとうございます♪♪♪

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岡本 浩和

>じゃじゃ馬さん
久しぶりです。
>いいこと言っててもそこに「戦略」を感じてしまうというのか(笑)
同感です!
>実際に即席でピアノトリオを弾いても(ピアノ弾きがうまければ・笑)
けっこう弾いてて楽しいのですが、カルテットは即席だと充実感を感じないんですよね。
やっぱりそうなんですね!!
実体験をお持ちの方の意見は貴重です。

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アレグロ・コン・ブリオ~第5章 » Blog Archive » 紫の肖像

[…] グループの求心力と遠心力。 以前から拙ブログ上で、室内楽におけるメンバーの求心力と遠心力が話題になってきたが、第2期パープル最後のアルバムを聴きながらあらためてそのことを考えさせられた。 ロック・バンドの場合。 個々の結束が最大限に強まっている時期に名演、名盤が生み出されるというのは当然なのだが、一方、メンバー間に諍いがあり、状態が決して良いとは言えない時にも実は名盤が生れているのでは(The Beatlesの”Abbey Road”なんていうのはその最たる例)。 […]

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