モーツァルトの働きぶりは半端じゃない

mozart_15_16_uchida.jpg昨日からモーツァルトに関連する書籍をいくつかひもときつつ、ピアノ協奏曲を中心にピアノ四重奏曲、弦楽四重奏曲など、ちょうど彼の全盛期にあたる1784年~86年に創作された作品群を聴いている。若い頃など、あっさりと聴き流していた10番代のピアノ協奏曲も、こうやって作曲背景を確認しながらひとつひとつじっくりと耳を傾けると途轍もない重みと充足感に支配されており、当時毎月のように新曲を生み出していたモーツァルトの天才的なクリエイティビティと身体的頑強さに今更ながら舌を巻く思いだ。

昔は、極端な言い方をすると全てが同じ曲のように聴こえていた。余程の凄演でない限り1度か2度は聴いても、それ以上はなかなか音盤をプレーヤーに載せることがなかった。いや、凄い演奏であったにしてもロマン派のドロドロとした官能美や理屈っぽさにイカレていた時分には、「物足りなさ」を感じ、しばらく全く聴かない時期もあったほどだ。振り返ると、モーツァルトの真の天才が理解できるようになったのはようやく40に差し掛かるかどうかの頃だったように思う。わかりやすく見える分、わかりにくいのだろう。モーツァルトを理解するには相応の人生経験が必要だ。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第15番変ロ長調K.450&第16番ニ長調K.451
内田光子(ピアノ)
ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団

内田光子が若い頃録音した一連の協奏曲たちはいずれも安心して聴ける粒揃いの名演奏。特に第15番以降、いよいよモーツァルトの音楽は革新的になっていくわけだが、これほど知的でかつ優雅な演奏はなかなか見つかるまい。

明日の準備をしていて思った。やはり相手の様子が掴めないと、結局何をどう話して、どのようにワークを展開すれば良いのかまったく読めない。授業や講座こそコミュニケーションゆえ僕のほうこそ生徒の一挙手一投足に意識を向け、ことを進めてゆかねばならない。ちなみに、学校側の要望は
1.今現在の自分自身を大切にしていくこと
2.今やらなくてはならないことが何であるかを把握すること
3.それに向けてこれからの学校生活、家庭生活をがんばっていこうとする気持ちが高揚すること
というもの。中学生といえども同じ人間。やっぱりあれこれこねくり回さず、素直に「人間力向上」のヒントを教示しようか・・・。

ところで、僕がまだ高校に入学した頃、モーツァルトのピアノ協奏曲の偉大さを教えてくれたのは友人のO君だった。大学入学にあたって僕が上京したゆえ、以降滅多に会えなくなったが・・・。
最後に会ってからかれこれ25年近く経つ。懐かしい。彼は今はどうしているのだろうか・・・。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
今朝は昨日の話題
http://classic.opus-3.net/blog/cat29/post-258/
について・・・。
>1784年12月14日のフリーメイソン入会である(第19番作曲直後!)。フリーメイソンという謎の秘密結社については勉強不足で多くを語ることはできないが、「自由、平等、友愛」をスローガンとし活動している点、あるいはモーツァルト自身が歌劇「魔笛」の台本に見られるような陰陽を包括した見方を提起している点などを考慮すると、いわゆる真理を見抜いたかなり僕好みの(笑)全うな集団なのかもしれない。
私は民主党の支持者ではありませんが、昨日、鳩山首相初の所信表明演説を新聞で読んで、由紀夫氏がフリーメイソン初代グランドマスターだった祖父 鳩山一郎氏の影響を非常に強く受けているという話は本当だと感じたと同時に、岡本さんの主張とまったく同じじゃん!というくだりがあって驚きました。
特に次の箇所!
・・・・・・(人の笑顔がわが喜び)
 先日、訪問させていただいたあるチョーク工場のお話を申し上げます。
 創業者である社長は、昭和34年の秋に、近所の養護学校の先生から頼まれて2人の卒業生を仮採用しました。毎日昼食のベルが鳴っても仕事をやめない2人に、女性工員たちは「彼女たちは私たちの娘みたいなもの。私たちが面倒みるから就職させてやってください」と懇願したそうです。そして、次の年も、また次の年も、養護学校からの採用が続きました。
 ある年、とある会でお寺のご住職が、その社長の隣に座られました。
 社長はご住職に質問しました。
 「文字も数も読めない子どもたちです。施設にいた方がきっと幸せなのに、なぜ満員電車に揺られながら毎日遅れもせずに来て、一生懸命働くのでしょう?」
 ご住職はこうおっしゃったそうです。
 「ものやお金があれば幸せだと思いますか」。続いて、「人間の究極の幸せは四つです。愛されること、ほめられること、役に立つこと、必要とされること。働くことによって愛以外の三つの幸せが得られるのです」。
 「その愛も一生懸命働くことによって得られるものだと思う」、これは社長の実体験を踏まえた感想です。
 このチョーク工場は、従業員のうち7割が「障がい」という「試練」を与えられた、いわば「チャレンジド」の方々によって構成されていますが、粉の飛びにくい、いわゆるダストレスチョークでは、全国的に有名なリーディングカンパニーになっているそうです。障がいを持った方たちも、あるいは高齢者も、難病の患者さんも、人間は、人に評価され、感謝され、必要とされてこそ幸せを感じるということを、この逸話は物語っているのではないでしょうか。
 私が尊敬するアインシュタイン博士も、次のように述べています。
 「人は他人のために存在する。何よりもまず、その人の笑顔や喜びがそのまま自分の幸せである人たちのために。そして、共感というきずなで結ばれている無数にいる見知らぬ人たちのために」・・・・・・
http://www.asahi.com/politics/update/1026/TKY200910260067_04.html
数字「3」への愛着といい(株式会社オーパス・スリー!)、岡本さんの思想は「原則 女人禁制」という点を除いて、「自由、平等、友愛」をスローガンとしたフリーメイソンの思想そのものなのではないでしょうか?
ピアノ協奏曲第20番のブラームス作のカデンツァの件、調べていただきありがとうございます。このカデンツァ、ツィマーマンあたりの音楽性にぴったりなのでは?と感じています。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
鳩山首相の所信表明演説僕も驚きました。そもそも「友愛政治」という言葉をみた時点で「お!」と思いました。
そうですよね。確かに鳩山一郎氏の影響を非常に強く受けてるように思えます。
しかもこのチョーク工場にまつわる話は僕好みの良い話です。
実は、今日の中学生相手のキャリア講座ではこの話をネタにして実習をしてみようかと思っていたので、雅之さんがコメントに書かれていてびっくりしました。やっぱりこう毎日のようにやり取りしてると意識はシンクロしますね。
>本さんの思想は「原則 女人禁制」という点を除いて、「自由、平等、友愛」をスローガンとしたフリーメイソンの思想そのものなのではないでしょうか?
おっしゃるとおりかもしれません。ただし、フリーメイソンの影響は受けておりませんが(笑)。
>このカデンツァ、ツィマーマンあたりの音楽性にぴったりなのでは?と感じています。
同感です。ブラームスのカデンツァによるツィマーマンの第20番、これは良いでしょうねぇ。

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