猫に小判

schubert_winterreise_dieskau_brendel.jpg今月下旬、第33回目となる「早わかりクラシック音楽講座」ではシューベルトを採り上げる。600曲以上のリートを残した彼は歌曲王の異名をとる。小中学校の音楽の時間でも歌われるポピュラーな音楽をたくさん創作しているが、僕の場合、遠い過去の記憶を辿ってみると、シューベルトの音楽との衝撃的な出会いはやはり「未完成交響曲」とのそれということになる。この未完成のロ短調交響曲はなぜ未完のまま終わったのかわからない。音楽界七不思議の「謎」のひとつといってよかろう。
ところで、新潮文庫の「シューベルト」を久しぶりにひもといてみて、1822年、25歳の青年が創ったこのシンフォニーの作曲とほぼ同時期に書かれた「ぼくの夢」という自叙伝のスケッチ断片に目が留まった。

「ぼくはたくさんの兄弟姉妹の中の男の子だった。お父さんも、お母さんも、良い親だった。いつかお父さんはぼくたちを遊園地につれていってくれた。兄さんたちは大いにはしゃいだけれど、ぼくは悲しかった。それからお父さんはぼくに、すてきなご馳走を、喜んで食べろと命令した。でもぼくはそれができなかったから、お父さんは怒って、ぼくに消えて失せろといった。そこでぼくは自分の道を歩み出し、別れるものへの愛で胸を一杯にしながら、遠くへさすらい出た。長い年月、ぼくは苦しみと愛とで、二つに引き裂かれるように感じていた。・・・」
「カラー版作曲家の生涯 シューベルト(前田昭雄著)」(新潮文庫)


この心は、1827年の連作歌曲集「冬の旅」に見事に受け継がれる。僕はようやく今の年頃になってこの音楽の真意が理解できるようになってきた。初めて耳にしたのはまだ高校生の頃。それも学校の音楽の時間でである。細かい内容はまったく覚えていない。それほど当時の僕にとっては「猫に小判」、「豚に真珠」だった。おそらくある程度の人生経験を積まねばこれらの歌曲のもつ深淵さは理解できまい。ようやく時期が来たのか、耳にするたびに放浪人の慟哭が身に染みる。

とはいえ、まだまだこの歌曲集について多くを語るだけの知識も能力も持ち合わせていない。この音楽を知悉する愛好家にぜひとも深くご教示願いたいと思うくらい。フィッシャー=ディースカウの「冬の旅」は何種類も存在するが(実際に所有もする)、果たしてどの盤がどういう特徴を持ち、どの演奏がおススメなのか、残念ながらよく知らない。よって、あてずっぽうにムーアによる伴奏盤ではなく、ブレンデルによるものを繰り返しかけてみた。1985年録音だから声楽家として円熟の境地に達しているディースカウの味のある歌いっぷりが売りということになるのだろうか・・・。

シューベルト:歌曲集「冬の旅」D.911
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
アルフレート・ブレンデル(ピアノ)

「冬の旅」の白眉は、第20曲「道しるべ」ではなかろうか。たった今、その「道しるべ」を聴きながらそんなことを考えた。

「他の旅人の通う道を なぜ僕は避けるのか、
そして雪に覆われた岩山の 隠れた道を探すのか?
他人を怖れねばならぬような 悪事を別にしたのではない、
なんという馬鹿げた欲求が 荒野に僕を駆り立てるのか?

街道には道しるべが立っていて、方々の町に通じる道を示している。
だが僕は際限もなく歩き続け、休息もとらず、しかも休息を求める。

一つの道しるべが目の前に じっと動かずに見えている。
いまだかつて戻ってきた者のない道を 僕は行かねばならぬのだ。」
(訳:石井不二雄)

この厭世的な詩の中に人の世の不条理や矛盾が見事に歌われている。おそらくヴィルヘルム・ミュラーのこの詩に呼応し、父の愛と怒りの狭間に翻弄され続けた少年時代の記憶が蘇ったのだろう。この詩につけた見事な音楽は深層心理の奥深くにまで届く鋭利さと不思議な静けさをあわせもつ。


4 COMMENTS

雅之

おはようございます。
「早わかりクラシック音楽講座」で「冬の旅」を取り上げられるんですか? 
それは絶対にやめて欲しいですね(笑)。普段岡本さんが音楽を聴く姿勢に最も遠い曲集ですし、「自分だけは傷付きたくない現代の若者」や「失恋したこともない女・子供」といった温室育ちの皆様に、一歩間違えれば現代の常識ではストーカーとも勘違いされかねないシューベルトやミュラーの痛切な心境を、一回の「講座」で「早わかり」したつもりになっていただくというのは、ちょっと厚かましいのでは?(そんなに簡単にわかられてたまるかってんだ、こん畜生め!!・・・笑) 
男は失恋しながら逞しく成長していくものなんだよ!
これから初めて「冬の旅」を聴く人には、まず、寅さんが初めてウィーンに行った時の傑作、「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」
http://www.amazon.co.jp/%E7%AC%AC41%E4%BD%9C-%E7%94%B7%E3%81%AF%E3%81%A4%E3%82%89%E3%81%84%E3%82%88-%E5%AF%85%E6%AC%A1%E9%83%8E%E5%BF%83%E3%81%AE%E6%97%85%E8%B7%AF-HD%E3%83%AA%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E7%89%88-DVD/dp/B001AC92EW/ref=sr_1_29?ie=UTF8&s=dvd&qid=1259933169&sr=8-29
でも観ていただいて、顔で笑って心で泣く、男の失恋の真の「せつなさ」を疑似体験・予習されてから入門されたほうが良いのではないでしょうか(笑)。
この歌曲集、フィッシャー=ディースカウの録音だけでも、ピアノ伴奏が、ご紹介のブレンデルの他、ジェラルド・ムーア(2種)、ダニエル・バレンボイム、マレイ・ペライア(映像)などがあり、他にポリーニとのザルツブルクでの共演のライヴ録音(1978年、未正規CD・LP化)もあり、聴き比べが楽しいです。
今朝は、「サローネ・フォンタナ」に、これからもお世話になるであろう岡本夫妻には必聴の義務がある(マジに言っています 笑)、隠れた超名盤をおススメしておきましょう。
『冬の旅』 フィッシャー=ディースカウ、イェルク・デムス(1965年5月録音)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3637644
F=ディースカウ、ちょうど40歳の時の声は、まだ若々しくて、これはこれで素晴らしいものですし、デムスのピアノも味わいがあり、他の伴奏者に引けを取りません。ジェラルド・ムーアとの1回目の録音(1962年)とともに、私は愛聴しています。

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ザンパ

おはようございます。冬の旅いいですよね。僕もいろいろ持ってます。声楽曲はなんかたくさん種類持っていても手放したくないんですよね。
雅之さんがお勧めのデムス盤、僕が一番最初に好きになった「冬の旅」です。デームスが結構スススっと音楽を進めていって、フィッシャー=ディスカウのネットリ節が薄まってるんですよね。それよりもデムスの奏でるベーゼンドルファの音色が、純白の雪景色を想像させて、まぶしすぎて逆に泣けてくるんです。確かに隠れ名盤かもしれませんね。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>「早わかりクラシック音楽講座」で「冬の旅」を取り上げられるんですか? 
それは絶対にやめて欲しいですね(笑)。
いえいえ、ご心配に及びません。まだまだ自分のものにできていない音楽を講座で安易に採り上げるつもりはないですから。
>「自分だけは傷付きたくない現代の若者」や「失恋したこともない女・子供」といった温室育ちの皆様に、一歩間違えれば現代の常識ではストーカーとも勘違いされかねないシューベルトやミュラーの痛切な心境を、一回の「講座」で「早わかり」したつもりになっていただくというのは、ちょっと厚かましいのでは?
雅之さんのご意見ごもっともです(笑)。
なるほど、デームスとのモノですか!!了解しました。確かにサローネ・フォンタナとの絡みもありますし。
いやはや、やっぱり「冬の旅」は半端では聴けないですね。ディースカウの録音についてもいろいろと聴き比べないとと思いました。
それと、「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」については観ていないのですが面白そうですね、マジで。これも興味津々です。
今後ともいろいろとご教示お願いします。ありがとうございます。

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岡本 浩和

>ザンパ様
おはようございます。
なるほどやはりデームス盤おススメなんですね。
>デムスの奏でるベーゼンドルファの音色が、純白の雪景色を想像させて、まぶしすぎて逆に泣けてくるんです。
ますます聴きたくなりました。ありがとうございます。

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