エーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィルの「ばらの騎士」(1954.5&6録音)を聴いて思ふ

楽劇「ばらの騎士」の終幕最後のシーンの音楽は実に素晴らしい。
詩人フーゴー・フォン・ホーフマンスタールと作曲家リヒャルト・シュトラウスの共同作業のクライマックスがここにあり、台本を完成させるにあたっての二人のやり取りの紆余曲折が興味深い。

第3幕は全幕中最高のものでなくてはなりません。滑稽かつ感情豊かで、マルシャリンという人物はいっそう感動的な域に達しなければなりません。
(1909年9月20日付、ホーフマンスタールからシュトラウス宛)
日本リヒャルト・シュトラウス協会編「リヒャルト・シュトラウスの『実像』」(音楽之友社)P69

思考を重ねるホーフマンスタールの苦悩。
楽劇完成までの道程で、シュトラウスの母ヨゼフィーヌが亡くなるのだが、悲しみを超え、作曲家は筆を執り、完成を急いだという。

冗長で、散漫で、すべてがただ並んでいるだけで、ぶつかり合うものがありません。マルシャリンの登場とそれに続く場面は、劇としての焦点であり、緊張感があって、とりわけ密度の高いものでなければなりません。オックスとすべての騒動が去った後、はじめてすべてが次第に叙情の中に溶け込んでいき、柔らかな調子に戻らなければなりません。
(1910年5月20日付、シュトラウスからホーフマンスタール宛)
~同上書P70

確かにマルシャリンの登場以降の音楽は集中力溢れ、美しい旋律に富み、聴く者を恍惚とさせる力を持つ。マルシャリンとオックス男爵の対話は、人間心理の機微を伝えており、ホーフマンスタールとシュトラウス二人の絶妙なコンビネーションに舌を巻く。

マルシャリン(元帥夫人)
あなたは、・・・あなたはただ黙って退却すべきです。
オックス男爵
(びっくり仰天する)
マルシャリン(元帥夫人)
お分かりにならないの、物事に終わりが来た時なのが?結婚そのものも情事も、それに伴う様々なことすべてが、この時を以って終わりなのです。
ゾフィー
それに伴う様々なことすべてが、この時を以って終わりなのです。
オックス男爵
(抑えた声で)
この時を以って終わり。この時を以って終わり。
サイト「オペラ対訳プロジェクト」

シュトラウスの生み出すあらゆる楽想が縦横に響き、惚れ惚れ。
それにしても、このあたりはエーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニーの力のなせる技。生々しい音と、心地良い湿度を秘めた美しい録音に身を委ね、僕は癒される。

・リヒャルト・シュトラウス:楽劇「ばらの騎士」
マリア・ライニング(元帥夫人、ソプラノ)
ルートヴィヒ・ヴェーバー(オックス男爵、バス)
セーナ・ユリナッチ(オクタヴィアン、メゾソプラノ)
アルフレート・ペル(ファーニナル、バリトン)
ヒルデ・ギューデン(ゾフィー、ソプラノ)
ユーディト・ヘルヴィヒ(マリアンネ、ソプラノ)
ヒルデ・レッスル=マイダン(アンニーナ、アルト)
ペーター・クライン(ヴァルツァッキ、テノール)
アントン・デルモータ(歌手、テノール)
ヴァルター・ベリー(警部、バス)
ハラルト・プレグルホーフ(マルシャリンの家令、テノール)
アウグスト・ヤレシュ(ファーニナルの家令、テノール)
フランツ・ビアバッハ(公証人、バス)、ほか
ウィーン国立歌劇場合唱団
エーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1954.5.29-6.28録音)

愛を誓い合うゾフィーとオクタヴィアンの二重唱の、この世のものとは思えぬ透明さと暖かさは真実味十分。ここでのウィーン・フィルの弦のとろけるような音色は古い録音ながら言語を絶する。

あなたが満足して下さるものと思います。この箇所の作詞には共感を感じながら取り組んだので、その下に“幕”と書かねばならなかった時、私は悲しみさえ覚えたのです。
(1910年6月6日付、ホーフマンスタールからシュトラウス宛)
~同上書P70

作者自身がこれほどのオーガズムを感じた作品が、人々の心をとらえないはずがない。

ゾフィー
これは夢、本当ではありえないわ、私たち二人が一緒にいるなんて、ずっと、永遠に一緒にいるなんて!
オクタヴィアン
一軒の家があった、その中で君は待っていた、そして人々が僕をその中に送った、僕をまっすぐ至福へと!彼らこそ賢明であった!
ゾフィー
笑うことができるの?私は天国の入口に立ったかのように不安な立場にいます。私と言ったら!私のように弱い人間はあなたの方へ倒れてしまうわ。
サイト「オペラ対訳プロジェクト」

嗚呼・・・。
そして、愛し合う若い二人の心情をくみ取り、謙虚に引き下がるマルシャリンの粋な計らいに感動。

ファーニナル
こういうもんですな、若い人達は!
マルシャリン(元帥夫人)
ええ、ええ。
サイト「オペラ対訳プロジェクト」

「ばらの騎士」とは、真の傑作である。
同時に、エーリヒ・クライバーのこの古い録音も決して忘れ去られてはいけない名盤である。

 

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