
おそらくハイドンのアイディアなのだと思うのだが、第1楽章において主部への導入として序奏部を付けたことは画期的な発明であり、実に効果的だ。そして、そのことによってその扱いから主題の提示への微妙な変化を創造するいう意味で音楽の幅が広がり、そのプロセスを紡ぐ成果はまさに指揮者や演奏者の力量次第ということになる。
1795年のヨーゼフ・ハイドン。
交響曲第102番変ロ長調。
比較的晩年の交響曲であるその造形の確かさと、いかにもハイドンという音楽的ニュアンスの美しさに感激する(特に、序奏から主部にかけての解放!)。
2月2日に行われた初回の演奏会では、ある「事故」が起こったと伝えられている。ハイドンがいつものように演奏を指揮するためにクラヴィーアのまえに座った。すると、ロンドンではすっかりスターとなった彼を間近で見ようと、聴衆が舞台の方に押し寄せたため、劇場の一階席がからっぽになった。そして、まさにそのタイミングで天井を飾っていた大きなシャンデリアが客席に落下したというのである。劇場内は大混乱に陥ったが、幸いにも何人かが軽い怪我を負っただけで済み、居合わせた人は口々に「奇跡だ! 奇跡だ!」と叫んだ。
~池上健一郎著「作曲家◎人と作品 ハイドン」(音楽之友社)P127
ちょうどそのときに演奏されていたのが「交響曲第96番」だったのでこの曲を「奇蹟」と呼ぶようになったという説があるが、どうやら事実は違うらしい。
この日に演奏されたのは、ロンドン初披露となった新作の「第102番」だったそうなのだ。
ならば、この変ロ長調の交響曲こそ「奇蹟」と呼ぶに相応しい。

作曲家バーンスタインの真骨頂。
2世紀近くも前の音楽を説得力を持って再創造する巨匠の想像力。
第1楽章序奏ラルゴから主部ヴィヴァーチェへと移行するその瞬間の音のニュアンスの美しさは言語を絶するもの。宙から音が紡がれ、オーケストラとともに、第2楽章アダージョ、第3楽章メヌエットと進むにつれ、何と人間的な、温かい音楽に変貌していくことか。まさにこのときの楽友協会大ホールにある聴衆と一体になっての音楽であり、実に有機的だ。終楽章プレストを聴きたまえ。何という愉悦!
終演後の拍手喝采がそのことを物語る。
次のラヴェルはピアニスト、バーンスタインの真骨頂。
まるでジャズ・ピアニストさながらの猛烈な、即興風のフレーズの扱い、間といい呼吸といい、この生命力の発露はレナード・バーンスタインのみの特権のようにも思われる。
そして、第2楽章アダージョ・アッサイの可憐で夢見るような表現は、かつてハービー・ハンコックが弾いたそれを思わせるジャズ的幻想(いかにもフランス風の、崩そうという力と保とうとする力のギリギリの縁にある均衡が、夢と現の間を彷徨う)に満ちる。これぞ天下一品!
バーンスタインがやって来ると、ウィーン・フィルハーモニーのメンバーたちは、俄然真剣になった。きわめてハードなスケジュールが組まれるのもさることながら、バーンスタインからは、音楽的な面で啓発されることが数多くあったからである。
(クレメンス・ヘルスベルク/鳴海史生訳)
