メンゲルベルク指揮コンセルトヘボウ管のチャイコフスキー「悲愴」(1941録音)ほかを聴いて思ふ

この私の作品をご存知かどうかはわかりませんが、たとえ多くの点できわめて未熟であるにしても、他の沢山の熟練した作品よりも内容豊富ですぐれています。
(1883年11月15日付フォン・メック夫人宛)

技術的には未熟であろうと、青春時代の、何ものをも恐れぬ果敢な挑戦こそが一層の自信の裏付けとなっているのだろう。(チャイコフスキーの常套として)鬱的浪漫が横溢するも、確かにここには作曲者の大いなる気概と未来への希望が刻印されている。何よりロシア的旋律の魅力。専門家の意見であろうと、世間の評価など本当は関係ないのだ。

「冬の旅の夢想」と題される第1楽章アレグロ・トランクイロの土臭さは、いかにもチャイコフスキーの音楽。また、「陰気な土地、霧の土地」という標題の第2楽章アダージョ・カンタービレ・マ・ノン・タントも哀しくなるほどの美しさ。オーボエによる主題は懐かしさと優しさに溢れる。人間というもの、持って生まれた才能と性質は何歳になっても変わらないのだと思う。

チャイコフスキー:
・交響曲第1番ト短調作品13「冬の日の幻想」
・バレエ組曲「くるみ割り人形」作品71a
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団(1991.3.13, 15&16Live)

アバドのチャイコフスキーの洗練された美しさ。テクニカルな棒は閃光を放ち、作曲者自身の言う「内容豊富さ」を見事に引き出す。音楽が躍動する。

最初の交響曲作曲から27年(大幅な改訂からは19年)後、死を目前にしたチャイコフスキーは最後の交響曲を書き上げる。独特の外面を持った「悲愴」と題されたその作品には、(特にウィレム・メンゲルベルクの録音を聴く限りにおいて)他には見られない一層の鬱的浪漫が刻印される。チャイコフスキーが嗚咽する。

チャイコフスキー:
・交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」(1941.4.22録音)
・序曲「1812年」作品49(1940.4.11録音)
ウィレム・メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

第1楽章アダージョ―アレグロ・ノン・トロッポに感じる闘争の心。音楽は一層前のめりで、主題がうねる。特に、弦による第2主題の陶酔(1937年盤のほうがより濃密なのだが)と、続く木管群による夢心地の旋律。おそらくこの夢想は、彼の青春時代の交響曲第1番の「冬の旅の夢想」と見事に連関するのだろうと僕は思う。嗚呼、展開部アレグロ・ヴィーヴォの最強音が絶叫するときのカタルシス。
そして、何より絶美の終楽章アダージョ・ラメントーソの慟哭。ポルタメントのかかった哀感帯びる悲痛な旋律のクライマックスに僕は無条件に跪く。チャイコフスキーの天才、職人メンゲルベルクのひらめき!!

第二次世界大戦中の、しかもナチス支配下のオランダ、アムステルダムにあって、コンセルトヘボウの楽員の(また指揮者の)負けじと意気込む祈りが感じられるのは気のせいだろうか?終楽章コーダの沈潜してゆく音調は、諦めではなく、強い意志の表れだと僕は思う。
ちなみに、この演奏から1年近く後、アンネ・フランクが日記を書き始める。

1942年6月12日
あなたになら、これまでだれにも打ち明けられなかったことを、なにもかもお話しできそうです。どうかわたしのために、大きな心の支えと慰めになってくださいね。
アンネ・フランク/深町眞理子訳「アンネの日記」(増補新訂版)(文春文庫)P14

それから2年余り後、日記は突然終わりを迎える。

1944年8月1日火曜日
ここまで一挙一動を見まもっていられると、だんだんわたしはとげとげしくなりはじめ、つぎにはやりきれなくなってきて、しまいには、あらためてぐるりと心の向きを変え、悪い面を外側に、良い面を内側に持ってきてしまいます。そしてなおも模索しつづけるのです、わたしがこれほどまでにかくありたいと願っている、そういう人間にはどうしたらなれるのかを。きっとそうなれるはずなんです、もしも・・・この世に生きているのがわたしひとりであったならば。
~同上書P582

人間であるがゆえの、関係の中で生きているがゆえの苦悩。
誰もが聖人君子になろうとするが、容易くなれるものではない。
否、本人の認識がそうであるだけで、こういう日記を残した事実そのものが奇蹟であり、彼女はすでに悟っていたのだろうと思う。

それからわずか3日後の8月4日金曜日、隠れ家に潜んでいるところをナチス親衛隊に発見され、強制収容所に連行されたアンネは、7ヶ月後の1945年3月上旬、チフスに罹患し命を落とす。享年15。どんな理由であれ戦うのは止めた方が良い。

 

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