バレンボイムのモーツァルト「12の変奏曲K.500」(1991.3録音)ほかを聴いて思ふ

懐かしさと安心感。
これほどの重量級の著名アーティストが数多く協演するのは、彼らが皆一様にチーフタンズの音楽に共感するからなのだろう。
パディ・モローニはかく語る。

デビュー当時は、趣味の延長という程度で気楽にグループを結成し、アルバムを1枚作って終わるつもりだった。
~2017年10月23日(月)朝日新聞夕刊

偉大なるものの最初は得てしてそういうものだ。片意地を張らず、脱力で臨むのが良い。

彼(英国BBCの名物DJジョン・ピール)がローリング・ストーンズやビートルズに交じって曲を紹介してくれたおかげで、多くの人に受け入れられた。そうした周囲の反響がインスピレーションになり、次のアルバムにつながった。
~同上紙

こと音楽に限らず、人は他人との共鳴の上に立つもの。だからこそ分かち合わねばならない。

久しぶりにグラミー賞受賞の名作”The Long Black Veil”を聴いた。スティングやミック・ジャガー、シンニード・オコナー、マーク・ノップラー等との、いわば奇蹟の協演は、さながら、アイリッシュ音楽の変奏曲の様相。
ゆっくりと暗澹たる音調の中でのミック・ジャガーの歌唱が胸を打つタイトル曲の心地良さ。あるいは、ストーンズとの”The Rocky Road To Dublin”の、あくまでチーフタンズ色に染まる音楽に付加される「黒さ」の重み。そして、マリアンヌ・フェイスフルとの”Love Is Teasin’”での深い悲しみ。

For love is pleasing and love is teasing
And love is a treasure when first it’s new
But as love grows older then love glows colder
And it fades away like the morning dew

嗚呼、すべてがあまりに美しい。

小さな島国を英国が占領し、彼らは何百年も帰らなかった。そんな時代を経ても、アイルランドのアートや文学は損なわれない強さがある。ケルト音楽は一度聴くと忘れない「何か」がある。もっと聴きたいと思わせる「何か」がある。
~同上紙

ケルト音楽とロック音楽のシナジー。パディ・モローニの言葉に膝を打つ。

・The Chieftains:The Long Black Veil (1995)

Personnel
Martin Fay (fiddle)
Seán Keane (fiddle)
Kevin Conneff (bodhrán, vocals)
Matt Molloy (flute)
Paddy Moloney (uilleann pipes, tin whistle)
Derek Bell (harp, tiompán, keyboards)
With Sting, Mick Jaggar, Sinéad O’Connor, Van Morrison, Mark Knopfler, Ry Cooder, Marianne Faithfull, Tom Jones & The Rolling Stones

ライ・クーダーとのインストゥルメンタル曲”Dunmore Lassies”の優しい調べ、そして、同じくインストゥルメンタルの”Ferny Hill”でのフィドルの饗宴に心が躍る。
何という愉悦。もしモーツァルトが現代に生きていたなら、彼の音楽に惚れ込んだアーティストたちが同じように協演をオファーし、「新しい音楽」が生み出されることになるのかもしれない。

モーツァルトの音楽は、何者の協力なく単独で今も新しい。
チーフタンズが数多のアーティストの協力を得て様々な変奏を聴かせたのに対し、モーツァルトはあくまで一人で類稀なる変奏を創り出した。久しぶりにバレンボイムの弾く「変奏曲集」を聴いた。

モーツァルト:ピアノのための変奏曲全集
・グルックの歌劇「メッカの巡礼」の「われらが愚かな民の思うには」による10の変奏曲ト長調K.455
・アレグレットの主題による12の変奏曲変ロ長調K.500
・アレグレットの主題による6つの変奏曲ヘ長調K.54(K.2 Anh. 138a;K.6 K.547b)
・デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲ニ長調K.573
・「女はたいしたものだ」による8つの変奏曲ヘ長調K.613
ダニエル・バレンボイム(ピアノ)(1991.3.2-5録音)

わずか8小節の主題に基づくK.500は、1786年9月12日に完成されたものだが、各々の変奏は最後の3つの変奏以外1分にも満たない。それでいて、モーツァルトの可憐さ全開の傑作で、例えば、第11変奏アダージョの囁きは息を飲むほど美しい。

バレンボイムのモーツァルトは一見いかにもオーソドックスだ。
しかし、内なる愛情の発露は、他のどんなピアニストも後塵を拝するほど熱い。先立つソナタ全集と合わせ、必聴の名盤であると僕は思う。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む