1990年の二重協奏曲。
冒頭、アインザッツのずれは、溜めて、溜めて、溜めて、そして一気に噴出するパッションの顕在を思わせる。ブラームスの潜在には、悪く言うと「陰湿な」抑圧がある。その目に見えない意識を上手に音化したのが朝比奈隆その人だったのだと僕は思う。
前年のベートーヴェン・ツィクルスに痺れ、ついにブラームスの全交響曲と全協奏曲をカップリングしたコンサートが開幕することに大きな期待を抱き、その夜、こけら落し間もないオーチャードホールに向ったことを今でもまざまざと思い出す。
凍てつく12月の寒さは堪える。
しかしながら、澄んだ空と冷たく透明な気には、ブラームスの分厚く湿った音楽が似合う。
何より夜半に聴く二重協奏曲。
そして、愚直に楽譜に向き合う朝比奈御大の重みある職人芸術の粋。
たぶん、本当に、この音盤を耳にするのはリリース以来だと思う。
元々は交響曲第5番として計画されていた音楽の、2つの独奏楽器を持つ協奏曲としての結実。第1楽章アレグロがうねり、極めて良いテンポで前に進む様は、ブラームスの円熟の証。また、真冬の夜長の寂しさを髣髴とさせる第2楽章アンダンテの武骨で素朴な美しさ。さらに、歌謡的な旋律がものをいう終楽章ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポは、独奏者二人が一丸となっての熱演。すべてが醍醐味。
・ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調作品102
豊嶋泰嗣(ヴァイオリン)
上村昇(チェロ)
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団(1990.2.5Live)
時代はまだバブルの最中。
渋谷の街は2月といえど、そういう意味では熱かったように記憶する。
この後、後半は交響曲第1番が演奏されたが、いかにも朝比奈らしい低音のしっかりした純ドイツ風音楽で、僕はとても感激した。
ちなみに、作曲当時、これを聴いたクララ・シューマンが次のように語っていることが興味深い。
作曲家にとってはとても興味のある作品でしょうが、他の作品によく見られる新鮮で温和な筆致がこの曲にはありません。
~三宅幸夫著「カラー版作曲家の生涯 ブラームス」(新潮文庫)P154
やや晦渋な感は否めないものの、「新鮮で温和な筆致」がないとは言い切れないように僕は思う。
時と場所が変われば評価など変わるもの。
ただただインスピレーションに従い、生み出すことあるのみ。
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