昨年のリサイタルではどちらかというと失望した僕だが、今年のツィマーマンは絶好調だったと言い切って良いように思う。ショパン国際コンクール覇者だけあり、さすがにツィマーマンのショパンは安定しており、かつ安心できる。とはいえ、決して優等生的な表現ではなく、多少のミスタッチはものともせず、テンポを揺らし、強烈なアッチェレランドで締めくくるところはお見事だった。
1ヶ月にわたる日本縦断のツアーのラスト・コンサート(オール・ショパン・プログラム)。所沢市民文化センターミューズアークホールは今年も熱かった。熱いのはいいのだが、例によって聴衆のフライング・ブラヴォーはいただけない。もう少し余韻まで浸りながら音楽を堪能することができないものなのか?ピアニストのパフォーマンスを見る限りにおいて、ダイナミックな表情付けとアグレッシブで多少大袈裟な(あくまで紳士的ではあるのだが)身振りがそうさせると思うのだが、もう少し冷静になってほしいなと正直思った。
クリスティアン・ツィマーマン ピアノ・リサイタル2010
2010年6月12日(土)17:00
所沢市文化センターミューズアークホール
いつものように自前のスタインウェイが鎮座する舞台。満員の聴衆の熱気が会場を包む。客席の暗転後、ピアニストの登場。徐に第1曲目が始まる。
・ノクターン第5番嬰ヘ長調作品15-2
のっけからぞくぞくする夜想曲。幻想的なピアノの音色はまるで瞑想のよう。限りなく理想的なテンポで進められる音楽作り。「これはいける」と直感した。
・ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調作品35「葬送」
拍手を挿まず、すぐさま葬送ソナタの強烈な第1音が響く。激烈なデュナーミクと揺れ動くテンポ。これほど刺激的な第1楽章は稀かも。いつだったか、サントリーホールでのリサイタルでもこのソナタが採り上げられたことがあったが、その時以上に一球入魂的な素晴らしい演奏。スケルツォを挿み、「葬送行進曲」。トリオの寂謬感がことさら涙を誘う。そして、間髪置かずに奏されるフィナーレ、プレスト。まさに嵐のように過ぎ去るこの楽章は、39年という短い生涯をあっという間に駆け抜けたショパンの人生を象徴しているようだった。
・スケルツォ第2番変ロ短調作品31
そして、名曲スケルツォ第2番。「葬送」ソナタの余韻に浸る間もなく奏されたこの音楽は実は不要だったかもしれない。決して悪演ではないが、あの悪魔的なソナタの後には似合わない(解毒作用としての効果は十分発揮していたが)。
20分の休憩の後、後半。
・ピアノ・ソナタ第3番ロ短調作品58
1ヶ月前、サントリーホールで聴いたポゴレリッチの同ソナタは異常なパフォーマンスだった。それに比べると今宵のツィマーマンの演奏は超マトモ。まず造形が極めてわかりやすい。しかも、こちらも単なる優等生的な演奏ではなく、フォルテのところは強烈な打鍵で、ピアニシモはほどよい加減で、聴衆がうっとりするような頃合いの精度を保っていた。ショパン晩年の孤独感と、自身があと数年でこの世を去るとは思っていなかったのだろう「明日への希望」が感じ取れる良い演奏だった。
通常ならここで終了となりそうなプログラムだが、もう1曲、まるでアンコールのように「バルカローレ」が奏された。
・舟歌嬰ヘ長調作品60
見事なプログラム構成。ラストにこの楽曲をもってくるところが泣かせる。何て美しい曲なんだろう。ジョルジュ・サンドとの熱愛の日々、そして破局を迎えるピアノの詩人の「最後の輝き」。川の流れのように、ひとところに立ち止まることなく、彼は旅立った。永遠に・・・。
何度も舞台に呼び戻されるツィマーマン。熱狂的な聴衆のスタンディング・オベイション。最高だった・・・。
おはようございます。
ツィマーマンのリサイタル、行かれましたか! 素晴らしい演奏でよかったですね。
でも、羨ましさからいったら、以前行かれたピリスとか、最近行かれたポゴレリッチのほうが、何十倍も羨ましいです。
このところ毎回思うのですが、ツィマーマンは、益々毎年日本で荒稼ぎしすぎだと思います。
2010年の来日公演スケジュールを見たって、全国津々浦々凄いですもの(笑)。昨年は日本各地で17回、今年は15回(協奏曲でのソリストの回数含まず)。
http://www.japanarts.co.jp/html/2010/piano/zimerman/index.htm
これ、明らかに多すぎでしょう。しかも今年の場合、AプロとBプロは、最後が舟歌 嬰ヘ長調 Op.60 か、第4番 ヘ短調 Op.52 の違いだけっていうのも何だか「君、もうちょっと工夫しーや」です。
別にその行為が悪くはないのですがね・・・、ショパンのピアノ協奏曲でやってみせた斬新な方向性はどうしたの?という思いが強いのです。そんなに演奏を乱造したらあかんやん・・・、と思います。
うん、やっぱり私にとってはツィマーマンのリサイタル体験はどんなに素晴らしくとも羨ましくはないです(行く気になったら、いつでも聴けますもん)。しかし、ピリスやポゴレリッチの時は、真に羨ましかったです(笑)。
私が、昨日行ったコンサートです。
スウェーデン放送合唱団 〈二大レクイエムの夕べ〉
モーツァルト:レクイエム K.626(ジェスマイヤー版)*
フォーレ:レクイエム 作品48 (1893年第2版)
リサ・ミルネ(ソプラノ)
クララ・ムーリツ(メゾ・ソプラノ)*
ジョシア・エリコット(テノール)*
ジョナサン・レマル(バス・バリトン)
ペーター・ダイクストラ 指揮
スウェーデン放送合唱団
名古屋フィル
http://hicbc.com/event/nimf/about/33th/20100612/index.htm
この2曲を立て続けに目下世界最高の合唱団で聴くというのも、得難い経験でした。編成の違いもはっきりわかりますし、いろいろ勉強になりました。月並みな感想ですが、モーツァルトでは魂を揺さぶられ、フォーレでは心洗われ心底感動しました。
まあ、世の中にはピアノファンの方が合唱ファンよりずっと多いでしょうから、一般的にはツィマーマンのリサイタルのほうを羨ましい人が圧倒的でしょう(笑)。雅之は「抵抗勢力」だ!! レッドカード!!
>雅之様
おはようございます。
>これ、明らかに多すぎでしょう。しかも今年の場合、AプロとBプロは、最後が舟歌 嬰ヘ長調 Op.60 か、第4番 ヘ短調 Op.52 の違いだけっていうのも何だか「君、もうちょっと工夫しーや」です。
この点については同感ですね。僕も昨日雅之さんが行かれた「二大レクイエムの夕べ」の方が羨ましいです。
>モーツァルトでは魂を揺さぶられ、フォーレでは心洗われ心底感動しました。
月並みであれ、この2つのレクイエムを並べて聴くというのは贅沢ですね。ああ、羨ましい!
>ショパンのピアノ協奏曲でやってみせた斬新な方向性はどうしたの?という思いが強いのです。
ですよね・・・。ただし、ですね。ツアーのパンフレットにはツィマーマンのインタビューが掲載されており、次のように語っています。
・・・どこかでライヴ・レコーディングにその成果を残してはくれないものだろうか。あえてそう口にしてみれば、音楽家から返ってくるのはやはり深いため息だった。
「それは、ファゴット奏者に対して、肺のレントゲン写真をわたすようなものです。音楽が音であるという感覚が、私の中ではどんどん薄れてきている。基本的に言って、録音したものは、缶詰を買って、その外側だけを考えているような気持ちにさせます。音楽とはいったい何なのだろう、と私は自問します。私たちは当然録音というものを聴きますが、それは、私にとって音楽の中で一番重要な、『いま』というファクターを欠いている。演奏者から聴衆に伝わって、また戻ってくるというこのサイクル、それをもたモデュレーションしてまたそのサイクルの中に入れていく、ということが私には大切なのです。レコーディングではインプットが一方向になってしまう。つまり壁に向かって何かを投げるようなもので(笑)、何かが戻ってくることはない。スタジオにいると、私は自分がバカ者のように思えてくる時がある。まるで、鏡に向かって、あるいはこの空間には存在しない抽象的な女性に向かって『あなたを愛しています』と言っているような間抜けに思えてしまう。そして、その時に自分の唇がどう動くかを観察しているような気分になります。愛情というのは、それとは全く違うものだと思うのですね。音楽も全く同じで、だから私は録音は好きではない。スタジオでできるのは音を保持することだけです。そして、それこそどこかにいる聴き手がこれを聴く時に可能ならばテレビを消して、アイロンも消してもらって、この音楽に集中してくれるのを期待するしか私にできることはない。そうして、本当に音楽がなすべきことがなされるような状況で聴いていただきたい。そうでないと、私が愛を表現しているもの自体がポルノグラフィーになってしまいます。」
―しかし、今回のインタビューが「ポルノグラフィー」の一語で終わるのはなんだか寂しい気もします・・・。
「少々きつい言い方でしたね。・・・(中略)楽譜も録音もいま、この瞬間であるということを反映してはいない。音楽というのは、音ではなく、時間なのですね。音楽というのはそれを再現している時間そのものにあるのだと私は思います。感情もそうですし、感情がどう経過していくかという順序や時系列、それこそが私にとっての音楽なのです。音はそれらすべてを表現する手段に過ぎない。結局、音も楽譜も触媒であり、それを伝えるための媒体要素だと私は考えています。」
十数回のコンサートを開く理由がそういうところにあるのかもしれませんね。まぁ、善意に解釈しましょう(笑)。
しかし、そうだとしてもこれだけやられたらやっぱり「羨ましくない」ですよね(笑)。
私も聴きに行きました。こちらは10日、サントリーホールで、バラード第4番、Op.52が入っていました。
まさに入魂のショパン、気迫がこもっていました。冒頭のノクターンから引き入れられてしまいました。ソナタ第2番、Op.35、変ロ短調「葬送」はポーランド版旧全集、パデレフスキ版よる演奏だとわかりました。ポーランド版新全集、ナショナル版は冒頭の4小節の序奏からの繰り返しになっています。とはいえ、おや、というところもありました。しかし、聴き手をひきつける名演奏でした。
バラード第4番とて、大変な名演でした。そして、ソナタ第3番、Op.58、ロ短調のすばらしさには脱帽で、立ち上がってしまいました。アンコールはワルツ第7番、Op.64-2、嬰ハ短調で、これまた見事なものでした。
まさにショパンそのもの、これだけ入魂のショパンはなかなか聴けません。見事でした。
>畑山千恵子様
こんばんは。
サントリーホール行かれたんですね。
今回のツアーは評判高いですよね。
本当に素晴らしい名演揃いだったと僕も思います。
アンコールがあったんですね!近頃のツィマーマンはアンコールはやらないようなイメージがあるのですが・・・。
それも嬰ハ短調ワルツだとは!!聴いてみたかったです。