リヒテルのバッハ平均律クラヴィーア曲集第1巻(1973.8Live)を聴いて思ふ

旋律は流麗、音の粒は立ち、十方に煌く。
リヒテルの弾くバッハの「平均律クラヴィーア曲集」。インスブルックのシュティフッツ教会での神々しいばかりの演奏は、バッハの敬虔な祈りを見事に、そして直接に表現する。
そもそもリヒテルにとってバッハの「平均律」は鬼門だったようだ。

《平均律》の勉強はつらかった。どうやったら苦しみを軽減できるか考えたよ。それぞれの前奏曲、それぞれのフーガを、カメラのフラッシュを焚くように、一瞬で捉えるんだ。
まず第一巻の前奏曲とフーガ変ホ短調をさらった。まだオデッサにいるときだった。母に請われてね。本格的に聴衆を「バッハで苦しめる」ようになったのは、40年代からだ。みなを激怒させた。第一巻全曲を弾き終わると、頼まれたよ。「スラーヴォチカ、お願いですから、これからシューマンを頼みますよ!」それでも次に弾いたのは、第二巻だった。
どういうわけか、こう思い込むようになった。第一巻は純然たる音楽で、高度な数学的世界だと。分け入る隙がまったくない。
ユーリー・ボリソフ/宮澤淳一訳「リヒテルは語る」(ちくま学芸文庫)P236

なるほど直感で捉え、知性でカヴァーするべくリヒテルはバッハに対峙した。
何十年も後にそれを享受する僕たちも、直感的に聴き、数学的に理解するのが正しい方法なのだろうか。言葉にならない美しさ。

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第一巻
・前奏曲とフーガ第1番ハ長調BWV846(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第2番ハ短調BWV847(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第3番嬰ハ長調BWV848(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第4番嬰ハ短調BWV849(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第5番ニ長調BWV850(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第6番ニ短調BWV851(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第7番変ホ長調BWV852(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第8番変ホ短調BWV853(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第9番ホ長調BWV854(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第10番ホ短調BWV855(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第11番ヘ長調BWV856(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第12番ヘ短調BWV857(1973.8.7Live)
・前奏曲とフーガ第13番嬰ヘ長調BWV858(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第14番嬰ヘ短調BWV859(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第15番ト長調BWV860(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第16番ト短調BWV861(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第17番変イ長調BWV862(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第18番嬰ト短調BWV863(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第19番イ長調BWV864(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第20番イ短調BWV865(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第21番変ロ長調BWV866(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第22番変ロ短調BWV867(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第23番ロ長調BWV868(1973.8.10Live)
・前奏曲とフーガ第24番ロ短調BWV869(1973.8.10Live)
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)

リヒテルが、最初にさらったという第8番変ホ短調BWV853の前奏曲の幻想美。水面に映る月光の如くの幽玄さ。また、彼が一番好きだという、続くフーガの暗く柔らかな恍惚の響きは安寧の象徴だ。あるいは、リヒテルが「山の高さの音楽だ」と表現する第13番嬰ヘ長調BWV858前奏曲の、短いながら可憐な旋律に心震え、フーガの優しさに涙する。そして、第14番嬰ヘ短調BWV859前奏曲の劇的な音調に思わず唸る。

白眉は長尺の第24番ロ短調BWV869!!絶品!!
リヒテルはかく語る。

この前奏曲とフーガでいちばん難しいのは、よろけないこと。一息で表現すること。もちろん、グールドのように5分程度で弾いてはいけない。例の「グールディアン」に尋ねてみるがいい。この曲はどちらの演奏の方が好きか、と。グールドの演奏か、それとも私の演奏か?
~同上書P294-295

何とリヒテルは、バッハの魂に丁寧に語りかけるように15分近くをかける。
一方グールドは、すべての反復を省略し、6分超で全曲を弾き終える。果たして速度の問題もあろうが、リヒテルもグールドも、共に音楽に、バッハに共感しているだろうことは間違いのない事実。正否は測れない。ただし、どちらが好きかと尋ねられれば、僕はリヒテルの演奏を採る。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む