楽劇「ラインの黄金」第4場の、ローゲを交えた、ヴォータンとアルベリヒの狡猾な駆け引き、各々が欲望に自分を見失う愚かさに、資本主義という巨大なシステムに飲まれ、全体観を失った現代人の姿を思う。ここでのハンス・クナッパーツブッシュ率いるバイロイト祝祭管弦楽団の奏でる圧倒的音響に(古い録音を超えて)何より感銘を受ける。
ヴォータン
黄金の指環がお前の指にはまっている。
いいか、妖怪!
指環も宝の一部だと思うぞ。
アルベリヒ(ぎくりとして)
指環も!
ヴォータン
放免されるためには、それも引き渡すのだ!
アルベリヒ(震えながら)
命はやっても、指環はやらん!
ヴォータン(一層激しく)
私は指環が欲しいのだ。
命は、お前の好きにするがいい!
~井形ちづる訳「ヴァーグナー オペラ・楽劇全作品対訳集―《妖精》から《パルジファル》まで―」(水曜社)P43
(あの世には持っていけない)権力や財というものが命より大事だというのだからアルベリヒは狂っている(そういう妖怪の姿こそが現代人の鑑だということ。何と恐ろしい)。しかしそれ以上に、指環に執着するヴォータンの過剰な欲望こそがこの物語の動力であり、魅力。ここから始まる悲劇を実に人間的な舞台として音化する指揮者の巨大さ。
鷹揚な呼吸と、全宇宙を鷲づかみにするような圧倒的音響にひれ伏す想い。
・ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」
ハンス・ホッター(ヴォータン、バリトン)
アルフォンス・ヘルヴィヒ(ドンナー、バリトン)
ヨーゼフ・トラクセル(フロー、テノール)
ルートヴィヒ・ズートハウス(ローゲ、テノール)
ゲオルギーネ・フォン・ミリンコヴィチ(フリッカ、メゾソプラノ)
グレ・ブロウエンスタイン(フライア、ソプラノ)
グスタフ・ナイトリンガー(アルベリヒ、バス)
パウル・クーエン(ミーメ、テノール)
ヨーゼフ・グラインドル(ファーゾルト、バス)
アルノルト・ファン・ミル(ファフナー、バス)
ジーン・マデイラ(エルダ、アルト)
ローレ・ヴィスマン(ヴォークリンデ、ソプラノ)
パウラ・レンヒナー(ヴェルグンデ、メゾソプラノ)
マリア・フォン・イロスヴェイ(フロスヒルデ、アルト)
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭管弦楽団(1956.8.13Live)
エルダの警告に怯えながらも、神々の城を建設するために自己中心的な行動を起こしてしまった自らを責めるも、最終場面においてハンス・ホッター扮するヴォータンは、決然と神々の力をほめ讃える。
ヴォータン
夕陽が赤々と輝いている。
その燃えるような夕陽に、城塞が燦然と映えている。
今朝は薄明に包まれて
主のいない城塞は、崇高に魅惑的に目の前に建っていた。
朝から晩まで、骨折りと気苦労を費やし、
楽しむこともなく、ようやく城塞を手に入れた!
もうすぐ夜だ。夜の危険から、
城塞は我々を守ってくれる。
~同上書P52
しかし、この言葉の背景に感じられる虚ろな調子はそれこそホッターの演技のなせる業であり、ここにはいずれ没落する神々の未来を見事に予感しているようで興味深い。
それにしても、終演後の観客の圧倒的拍手喝采と怒涛のような足踏みにこそ感動させられる。クナッパーツブッシュの超絶名演奏。
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