アンジェラ・ヒューイット ピアノ・リサイタル“The Bach Odyssey 6”

バッハの音楽は優しい。
あまりの感情移入と、あまりの集中力に、僕は微動だにできなかった。
アリアから誠心誠意の、バッハへの底知れない愛が感じられた。すべての反復を丁寧に、しかも、それぞれの変奏毎に最初と反復時の音のニュアンスに変化を与え、音楽的に決してだれない、内なる推進力が常にものを言っていたと思う。
解釈は異なるのだけれど、アンジェラ・ヒューイットの「ゴルトベルク変奏曲」に通底するのはグレン・グールドのそれだと直感した。何よりグールドが重要視するパルスの妙。それこそグールドの実演を聴いているのではないかと錯覚する瞬間が多々あった。

彼女の「ゴルトベルク変奏曲」は、2005年4月25日に同じく紀尾井ホールで聴いて以来。あのときの演奏も優雅で気高く、素晴らしかったと記憶する。そして、13年を経過しての新たな「ゴルトベルク変奏曲」は、老練とは言わないまでも、一層の確信と同時に、一切ぶれることのない真実が刻印された、とても美しいものだった。時に劇的、時に深沈たる表情を見せる崇高な70余分。参った。

第1部最後、第15変奏の哀感に震えた。そして、一呼吸おいての、第2部の堂々たる開始に僕は戦慄した。

アンジェラ・ヒューイット
“The Bach Odyssey 6”
2018年5月24日(木)19時開演
紀尾井ホール
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲(アリアと30の変奏曲)ト長調BWV988
アンジェラ・ヒューイット(ピアノ)

第18変奏の極めて音楽的な旋律。何とも喜ばしい表情と、まさにグールドに通じるリズムと歌に感動した。以降、ヒューイットのピアノが格別なる波動を獲得するも、第22変奏に入る直前、残念なことに、会場から(おそらくスマホの)アラーム音が炸裂したのには興醒めだった。しかし、ヒューイットは物ともせず、バッハにさらに没入していったのである。極めつけはト短調の第25変奏の劇的な、それこそ地響きをもたらすような強烈なうねりと、静謐で悲しげな旋律との対比。筆舌に尽くし難い見事にはまった瞬間。そして、第26変奏以降の、バッハの仕掛けた圧倒的な解放のドラマを、彼女は険しい表情でありながら一瞬の緩みもなく奏し切った。第30変奏クオドリベットの何というカタルシス(僕は思わず手に汗握り、息を止め、集中した)。また、アリア・ダ・カーポの何という切なさ、優しさ、美しさ。

最後の和音を弾き終え、長い残響の中、ヒューイットはしばらく動かなかった。
おそらく大きな疲労が彼女を襲っていたのだと思う(聴衆もかなり疲れたか?)。
しかし、直後の猛烈な拍手喝采に彼女は反応、聴衆に満面の笑顔で感謝のアイコンタクト、お辞儀をしていたのがとても印象的だった。

「ゴルトベルク変奏曲」は稀代の名作だ。
アンジェラ・ヒューイットのバッハには何物にも代え難い愛がある。

 

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