人生は楽し

shostakovich_8_berglund.jpgたまに音盤屋に寄って、激安のCDを手に入れることが多い昨今だが、数ヶ月前だったか、店頭にPentaTone Classicsという聞き慣れないレーベルのSACDが面陳形式でいくつか並んでおり、あまりに安かったものだからそのうちの1枚を手にしてレジに走った。確か800円とか900円という価格だったと記憶する。この手の音盤は時に掘り出し物もあるが、そうそうは繰り返して聴くことがないというものが多い。指揮者がベルグルンドだったこともあったので、もちろん興味を持っての購入だったが、いくら名指揮者といえども実際に音を確かめるまではわからない。しばらく棚の奥に眠らせておいたが、ふと思い出し、この2,3日の間ほとんどそのCDをリピートするかの如く、部屋にいるときは何度も繰り返して聴いた。これがまた実に良い。音も良い。この音楽にはムラヴィンスキーの決定的な名盤が存在するが、かといって始終その音盤を聴けばオーケーというわけでもない。「ゆえに」他の解釈も聴いてみたいと思うことがやっぱりある。これほど巨大で深遠、聴くほどに味わい深い作品となるとなおさらのこと。

「戦争を知らない子どもたち」、そう、戦後生まれの僕には戦時中の苦労は残念ながらわからない。大陸の最果てで起こっていたであろう出来事を想像することすらも実は無理がある。どんなに歴史で学ぼうと本を読もうと、その当事者になり、その体験をしない限り真に「理解する」ことは不可能。だから、この音楽を本当に理解する日は永遠に来ないのかもしれない。そう思うと悲しいやらもったいないやら、様々な感情が浮沈するが、そういう思想や感情を抜きにして一個の普遍的な音楽作品として捉えてしまえば、それはそれで十分(だということにしよう)。あとは何度も機会を得て実演に触れることだろうか。

ショスタコーヴィチ:交響曲第8番ハ短調作品65
パーヴォ・ベルグルンド指揮ロシア・ナショナル管弦楽団

2005年6月の最新録音。阿鼻叫喚の金管、涙も枯れぬたおやかな弦楽器の響き、どこをどうくり抜いても神韻飄々たる名曲の名演奏。当時のソビエトの社会的背景云々は別にしても作曲者本人の次の言葉は意味深い。

「交響曲の内容を正確に叙述することは至難である。『第8交響曲』の内容の根本にある思想をごく短い言葉で言い表すならば、『人生は楽し』である」

とてもそんな言葉は信じられない。それは音楽を聴けばわかる。作曲者本人の言葉すら正確でないということか。それともこれほど前向きでポジティブな音楽は他にはないと言い切れるのか。陰と陽が表裏であり、明暗がふたつでひとつだとするなら・・・、ショスタコーヴィチのこの言葉は本物だ。

「人生は楽し」、どんなときもそんな気持ちで事に当たりたい。そんなふうに悟ることができたら幸せだろう。

※12月にN響サントリー定期でデュトワがショスタコの8番を演奏する。これは聴き逃せまい。


3 COMMENTS

雅之

おはようございます。
>この音楽にはムラヴィンスキーの決定的な名盤が存在する
ご紹介のベルグルンドによるSACDは未聴です。ベルグルンド・ファンの私としては、これは聴いてみたいですね。
ショスタコの交響曲においてムラヴィンスキー盤が絶対的という価値観は、私の中ではとうの昔に葬り去りました。私は決して実演至上主義ではありませんが、マーラーやショスタコの交響曲は、オペラと同じかそれ以上に、実演での視覚を含めた体験が必要不可欠であると結論付けるに至っています。
いつも申しますが、私は東京時代、スクロヴァチェフスキ&読響で第10交響曲の名演なども聴いていますが、井上の日比谷でのチクルスとの運命的な出会い(笑)により、それまでのすべてのショスタコ交響曲の体験が吹き飛んでしまいました。
>12月にN響サントリー定期でデュトワがショスタコの8番を演奏する。これは聴き逃せまい。
デュトワ&モントリオールのショスタコ録音はどれも隠れた名盤ですし、これは期待できますね。
あとですね、たぶん今までここでは触れていないと思うんですが、ショスタコーヴィチの曲を演奏することを目的に結成された、首都圏を中心に活動するアマチュア・オーケストラ、「オーケストラ・ダスビダーニャ」(通称「ダスビ」)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%B9%E3%83%93%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A3
については、私はまだ未体験なのですが、実演を聴いた人は、口を揃えて「史上最高のショスタコ・オケ」だとおっしゃいますよね。ヨーロッパ、ロシア、アメリカ、日本の、どのプロオケよりも迫力と愛があって、ショスタコの語法を知り抜いた驚異的な演奏をするそうで、毎回伝説的な名演になるそうです。これはショスタコ・マニアの間では有名な話だそうですね。東京にいる間に聴けなかったのが残念でなりませんが、岡本さんにはぜひ確認していただきたいです!!
公式サイト
http://www.dasubi.org/
外来のオケも東京のプロオケにも、ブルックナーやマーラーと同じくらい、ショスタコの交響曲も採りあげていただきたいものです。アマチュアの商売度外視での捨て身の音楽愛と心意気に、絶対に負けないように!!(微笑)

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
そうですよね、雅之さんが何度も繰り返されている、ショスタコは実演でという言葉、素直に受け取りたいと思います。残念ながら僕は例の井上道義氏による日比谷でのツィクルスに触れなかったものですから、雅之さんからご指摘を受けなかったらひょっとするといまだにわからなかったかもしれません。まぁ、ショスタコに限らずどんな音楽も実演での視覚体験に優るものはないのですが。
いずれにせよ、今日これから発売されるデュトワのチケットは何そしても押さえたいと思っております(人気があって取れないかも・・笑)。
>「オーケストラ・ダスビダーニャ」
これについては僕はまったく知りませんでした!痛恨事!!
興味深いです。次回2月の公演はぜひとも聴いてみたいと思います。ありがとうございます。
>外来のオケも東京のプロオケにも、ブルックナーやマーラーと同じくらい、ショスタコの交響曲も採りあげていただきたいものです。
同感です。
※11月のリサイタルのお申込みありがとうございます。遠方よりのご来場、本当に感謝です。お会いできることを楽しみにいたしております。

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アレグロ・コン・ブリオ~第4章 » Blog Archive » 悲しいけれど・・・、お祝いだ へ返信するコメントをキャンセル

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