朝比奈隆指揮大阪フィルのチャイコスキー「弦楽セレナード」(1981.2Live)ほかを聴いて思ふ

晩年の朝比奈隆のレパートリーは、ベートーヴェン、ブルックナー、ブラームスという独墺音楽を中心にしたごく限られたものだった。一方で、師エマヌエル・メッテル仕込みの、チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフをはじめとしたロシア音楽についても、その憂愁を湛えた武骨な表現がとても魅力的で、実演にせよ音盤にせよ、僕たち聴衆に多大な感動を与えてくれたものだ。

(メッテルが)採り上げた作品の作曲家の国別比率は圧倒的にロシアが多いように見える。ところが、作曲家別で見ると、リムスキー=コルサコフが、ほとんど例年、採り上げられているのと、ベートーヴェンも、かなりの回数、採り上げられているのに気付く。
岡野弁「朝比奈隆・服部良一の楽父—メッテル先生」(リットーミュージック)P337-338

ちなみに、メッテルが振った作品の作曲家ベスト3は、1位ベートーヴェン(46回)、2位チャイコフスキー(36回)で、グリーグとグラズノフが同列3位(34回)らしい。

朝比奈隆は、メッテルの学生に対する姿勢に関して、
「メッテル先生の頑固さは学生の世界では大きな魅力だった。『君らは下手だ。下手だが君らの音楽に対する態度、行動、心が純粋だから、下手でも構わん』というのが先生の一貫した態度だった」
そして、そういう思考をするメッテルに対しては、
「メッテル先生は帝政ロシア時代末期のインテリ・タイプであり、純粋な完全主義者、芸術至上主義者で十九世紀末の、ものすごい精神的エリートということに落ち着く。私の見る限り、物理的な欲望のない人だった—」とも言っている。
~同上書P299

音楽作りだけでなく、朝比奈隆は音楽に対する姿勢や心までも恩師メッテルの影響下にあったようだ。

・チャイコフスキー:弦楽セレナードハ長調作品48(1981.2.16Live)
・リムスキー=コルサコフ:「ロシアの復活祭」序曲作品36(1981.2.16Live)
・リャードフ:8つのロシア民謡作品58より「愁いの歌」(1976.11.26Live)
・ウェーバー:歌劇「オイリアンテ」序曲(1974.9.11Live)
・ヨハン・シュトラウスⅡ世:春の声作品410(1980.3.14Live)
・ヨハン・シュトラウスⅡ世:トリッチ・トラッチ・ポルカ作品214(1980.3.14Live)
・ヨハン・シュトラウスⅡ世:皇帝円舞曲作品437(1980.3.14Live)
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団

いつぞやの実演もとても素晴らしいものだったが、チャイコフスキーの弦楽セレナードが素晴らしい。哀愁を湛えながら、しかし土台のしっかりした、重厚かつ堂々たる表現は、朝比奈隆そのものであり、土俗的な響きは、まさにメッテルの精神の顕現。
また、リムスキー=コルサコフの「ロシアの復活祭」序曲も浪漫濃密な演奏で、序奏の静けさから、「ルスランとリュドミュラ」序曲にも似た旋律の、それこそ荒々しくも激しい音調を持つ主部へという流れに、御大らしい「即興的遊び」が垣間見え、実に面白い(最晩年にこういう作品を採り上げてくれていたらどんなに良かったろう)。

そして、リャードフの「愁いの歌」。この小さな作品については、1992年1月18日、サントリーホールでの新星日本交響楽団第142回定期演奏会のアンコールでも採り上げられ、当時はコンサートで朝比奈御大がアンコールをかけるということがほとんどない時期だったので、会場に居合わせた僕は心中驚きながら、しかし文字通り「愁いある」エレジーにとても感激したことを昨日のように思い出す。

さらに、珍しいウェーバーの「オイリアンテ」序曲は、彼のブルックナーにも似た雄大かつ微動だにしない低音部重視の造形を持ち、とても充実した響きの名演奏。

前にもいいましたが、演奏するときに、作品に対したときに、いわゆる演奏家は、作品を、作曲家を、自分を顕示し、あるいは、自分の存在を主張するような手段には使ってはならない。これは、私の発明したことばではなく、私の後輩のある物理学の教授と話している時、彼が「先輩のいわれることは、作品を授個主張の手段にしてはならないということですね」と、概念を整理していってくれましたので、うまいこというなあ、と覚えているんです。で、その後、そんなものかなあと思ってましたけど、折に触れて思い出して、演奏家というものは、それによって初めて忠実な仲介者として、音楽という芸術行為の中の一環に堂々と参加できるんだ。そこに、邪念を含まないんだと。
~朝比奈隆「音楽と私—クラシック音楽の昨日と明日」(共同ブレーンセンター)P164-165

「邪念を含まない」という言葉に僕は感応する。朝比奈隆の演奏のすべてに通じる「邪念のなさ」こそ、彼の再現になくてはならない真実なのだとあらためて思う。ちなみに、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツやポルカも、いかにも田舎臭い正統派の解釈ゆえ好感高い。

 

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