ヤノフスキ指揮SKDのワーグナー「ラインの黄金」(1980.12録音)を聴いて思ふ

リヒャルト・ワーグナーは「ニーベルングの指環」を世に問うに当たり、まずは、後に「神々の黄昏」となる「ジークフリートの死」を書き上げ、そこから順番にその前史を遡るように物語を書き上げていった。そして、音楽は、逆に「ラインの黄金」から順番に付されていった。
言葉は過去に遡るための道具であり、音は未来を創造する道具だということだ。

始まりの衝撃。リヒャルト・ワーグナーは、それを「世界の揺籃の歌」と呼んだ。
ここだけを採り上げても奇蹟の音楽。「無垢の生成」を印象づける「序奏」の音楽とドラマの筋立ての間には矛盾が孕まれるとハンス・マイアーは説くが、そもそもワーグナーの生き方そのものが大いなる矛盾の中にあった。

最晩年の「再生論」から舞台神聖祝典劇「パルジファル」に至るまで、その崇高な、的を射た志向に対し、彼は俗的な、そしてある意味いい加減な生活を送った。

リヒャルト・ワーグナーは非常に進行した心臓肥大、特に右心室の拡張を患っており、それによる心筋の脂肪変性が見られた。また、激しい鼓張に伴う、かなり重度の胃拡張と右鼠けい部のヘルニアを起こしていた。(略)リヒャルト・ワーグナーが日常的にさらされていたおびただしい心理的興奮(略)と、強すぎる薬を多量かつ頻繁に、またいいかげんに摂取していた悪習が、彼の死期を大いに早めた。
(ワーグナーのヴェネツィアでの医師フリードリヒ・ケプラー)
フィリップ・ゴドフロワ著/三宅幸夫監修「ワーグナー—祝祭の魔術師」(創元社)P115

ひょっとするとあの論文は、自らの不甲斐なさを是正するべく、自らに課すための、自らに言い聞かせようとしたあくまで理想論だったのかと勘繰りたくなるくらいだが、それこそ誇大妄想のワーグナーらしい生き様だ。人間は弱点があるからこそ面白い。

マレク・ヤノフスキがシュターツカペレ・ドレスデンと録音した「ニーベルンクの指環」は、見事に自然体の流れを保ち、しかも優秀な録音によることもあり、最も安心感のあるセットである。

・ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」
テオ・アダム(ヴォータン、バリトン)
ペーター・シュライアー(ローゲ、テノール)
ジークムント・ニムスゲルン(アルべリヒ、バリトン)
イヴォンヌ・ミントン(フリッカ、メゾソプラノ)
マリタ・ナピアー(フライア、ソプラノ)
エーベルハルト・ビュヒナー(フロー、テノール)
カール=ハインツ・シュトリュツェク(ドンナー、バリトン)
クリスティアン・フォーゲル(ミーメ、テノール)
オルトルン・ヴェンケル(エルダ、アルト)
ローラント・ブラハト(ファーゾルト、バス)
マッティ・サルミネン(ファフナー、バス)
ルチア・ポップ(ヴォークリンデ、ソプラノ)
ウタ・プリエフ(ヴェルグンデ、ソプラノ)
ハンナ・シュヴァルツ(フロースヒルデ、メゾソプラノ)
マレク・ヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1980.12録音)

何より鮮明なオーケストラの音色が魅力的。もちろん粒選りの歌手陣の絶対的歌唱の魅力もそれに大いに貢献する。最終場のヴォータンをはじめとする神々とフリッカ、ラインの乙女たちのやりとりの堂々たる音楽こそヤノフスキの真骨頂。

ラインの黄金!
きよらの黄金!
ああ、汚れなき宝よ、
もう一度この河底を照らしておくれ!
水底にこそ
分け隔てない交わりがある。
上の方で得意になっているのは
卑怯と欺瞞の塊なのよ!
日本ワーグナー協会監修/三光長治・高辻知義・三宅幸夫・山崎太郎編訳「ラインの黄金」(白水社)P117

ラインの乙女たちの最後の台詞が世界のすべてを表現する。実生活では覆すことができなかったワーグナーも、間違いなく真理は見抜いていた。言行不一致ゆえのリヒャルト・ワーグナーの面白さ。

オーケストラのバランスに手を加えられませんが、歌とオーケストラの関係は調整されることがあります。さらに私は、普通にオペラハウスで響くように、オーケストラをできるだけ前面に押し出したいのです。われわれはここでオーケストラがほとんどきこえないアリアのレコードを作ったわけではありませんから。それにまた、器楽によるポリフォニーを立体的にきかせる機会でもあります。
~「レコード芸術」1983年1月号P39

指揮者の地味な努力の賜物ということか。
ちなみに、同年9月、ルチア・ポップはウィーン国立歌劇場引越公演のためカール・ベームやヘルマン・プライ共々来日し、「フィガロの結婚」のスザンナ役で名唱を披露してくれた。当時僕はその模様をテレビで観ていたが、何だかとても懐かしい。

 

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