ヒュー・ウルフ指揮新日本フィル ジェイド第600回定期演奏会

予想通りの充実ぶり。
新日本フィル第600回定期は、何とオール・コープランド・プログラム。
素晴らしかった。震えた。感動した。

さすがにナディア・ブーランジェ直伝の方法だけある、ヨーロッパの伝統的形式を踏襲しつつ、新世界ならではの民族的(?)手法を注入した彼の音楽は、隅から隅まで統一的で、また洗練された凝縮美を持つ傑作揃い。これらはやはり実演に触れねば真価はわかるまい。

なるほど、キース・エマーソンが心酔していただけある。ロック音楽にも通ずる輝かしいうねりと、光彩放つ作品群が、高らかに鳴らされた瞬間のカタルシス。脳天に響くその音楽は、何と全脳的で、恐るべきセンスの塊であることか。この感激はなかなか言葉には表せない。アーロン・コープランドは、アメリカ音楽史上の至宝である。

冒頭、力強く奏された「庶民のためのファンファーレ」の、あまりに透明なトランペットの音に迷いなく僕は興奮した(首席の伊藤駿さんのまるで楽器と一体になっているかのような独奏に卒倒)。そして、ティンパニと太鼓と連動する様の血の通った響き!
嗚呼、何て素晴らしい。

ベニー・グッドマンに捧げられたクラリネット協奏曲の陶酔。アメリカ音楽の神髄をこれでもかといわんばかりに透かし入れた音楽の力。第1楽章の甘い、静かな、夢みるような弦楽器の伴奏に、重松希巳江さんのクラリネットの縦横かつ変幻自在の音色に言葉を失うも、一層すごいのは任意で挿入されたカデンツァ!指揮者の棒に感応し、音楽は的確に、そして自由に流れてゆく。何よりピアノに出を合図した際のウルフの微笑みがとても印象的だった。そして、カデンツァから途切れなく突入した第2楽章の、ジャズの要素を織り交ぜた音楽の無限大の飛翔と、クラリネットの超絶的グリッサンドで締められたラスト・シーンに、客席は怒涛の拍手喝采に包まれた。感無量。
アンコールは、コントラバス首席の竹田勉さんとの二重奏。何とそれは、モートン・グールドによるベニー・グッドマンの70歳の誕生日に贈られた作品。巧い!降参だ。

新日本フィルハーモニー交響楽団
ジェイド〈サントリーホール・シリーズ〉第600回定期演奏会
2019年2月7日(木)19時開演
サントリーホール
重松希巳江(クラリネット)
豊嶋泰嗣(コンサートマスター)
ヒュー・ウルフ指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
・コープランド:市民のためのファンファーレ(1942)
・コープランド:クラリネット協奏曲(1947-48)
~アンコール
・モートン・グールド:ベニーズ・セブンティース・バースデイ
休憩
・コープランド:交響曲第3番(1946)

後半、交響曲第3番の統一感とあまりにソフィスティケートされた都会的センスに拝跪。前半3つの楽章は、「緩—急—緩」という珍しい構成だが、決して暗くならない、それでいて祈りに溢れる音調。阿鼻叫喚する金管群も決してうるさくなく、むしろ、一瞬で空気をつんざく力に漲り、それによって会場は端から端まで浄化されたことだろう。まさに古き良きアメリカの真価。
しかしながら、白眉は「市民のためのファンファーレ」の引用で始まる終楽章モルト・デリベラート!手に汗握り、コーダに至ったときの、官能と興奮は他では味わえないもの。第1楽章の主題が回帰し、その後冒頭ファンファーレが奏される最後は、見事にアメリカ的ハッピー・エンド!完璧なり。

コンサート中、僕の脳裡にはずっとこれまでの人生が映し出されていた。生命とはこういうことかとわかったように思った。身体はやっぱり借物に過ぎない。命を養うことが人生の最大の目的なのだと痛感した。ヒュー・ウルフの棒は律儀で的確だ。

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