私は必ずソ連に戻ってくる。
ロストロポーヴィチは、1980年春、ミュージカル・アメリカ記者であるテッド・リビー氏にそう語ったそう。それから10年の後、彼のソヴィエト連邦への正式の帰還が決まるのだが、帰還の翌日、モスク音楽院の大ホールで彼が最初に演奏した曲は、ドヴォルザークの協奏曲第1楽章アレグロだった。
およそ彼が採り上げなかった古今東西のチェロ作品は皆無に等しい。中でもドヴォルザークの協奏曲は、都合7回の録音が試みられているが、いずれもが「最高」というべき名演奏。熱を帯びた、それでいて艶のある、瑞々しい音楽がどの瞬間も繰り広げられる様。
ちなみに、6回目の録音は、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ロンドン・フィルハーモニックとのもの。ジュリーニの堂々たる振る舞いに、負けず劣らず(当然だが)重厚な独奏は、自然体でありながら自由闊達な表現。
これほど有名な、人口に膾炙した、名旋律の音楽はそうはない。
メロディ・メイカーたるドヴォルザークの面目躍如たる作品だが、それは再生が巧くいって初めて賞賛に価するもの。その点、ロストロポーヴィチの演奏はどれもが破格の、絶妙なるマスターピース。第1楽章は、冒頭から音楽がうねる。指揮者の棒に感応するチェロ。否、チェロの恐るべき波動に指揮者が感化されているのかも。ここでの主導権は、間違いなくロストロポーヴィチだ。独奏部のあまりの美しさ、深みに戦慄するほど。
第2楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポにある憧憬は、作曲者の新世界から祖国への望郷の念の顕現。それこそ亡命中のロストロポーヴィチの、祖国ソ連に向けてのメッセージではなかったのかと思わせるほど音調は懐かしい。特に、激しい中間部のチェロの豊かな楽想に涙する。また、黒人霊歌の旋律とボヘミアの民俗舞曲のリズムを併せ持つ終楽章アレグロ・モデラートは、まさに世界の調和を訴えるドヴォルザークの切なる想いの表現であり、それを見事に音化するロストロポーヴィチ、同時にジュリーニ&ロンドン・フィルの各メンバーの力量に舌を巻く。
私はきわめて幸せな人生を送ってきました。これまでに、ショスタコーヴィチとか、プロコフィエフだとか、多くの素晴らしい音楽家たちと触れあって来たからです。彼等についてお話しようと思ったら、たとえ10回以上のインタビューを受けても話しきれないでしょう。彼等が、あまりにも素晴らし過ぎるからです。
(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ)
先人からの学びと経験の蓄積こそがすべて。
ロストロポーヴィチもやはり謙虚だ。