リヒテル&クライバー指揮バイエルン国立管のドヴォルザーク協奏曲(1976.6録音)ほかを聴いて思ふ

今、何が欲しいと思う? 「石鹸のようなチーズと、タールの臭いがする石のようなサラミ・ソーセージだ」。—これが私の好きな人間的な物語だ。みんなそのへんの店で買える品物さ。
「リヒテルの冷蔵庫」には日本酒しか入っていなかった。ほかには何もない。住居の反対側にある「ニーナの冷蔵庫」まで行くはめになる。日本酒の瓶をひっつかんで—。

ユーリー・ボリソフ/宮澤淳一訳「リヒテルは語る」(ちくま学芸文庫)P149-150

リヒテルを神格化することなかれ。彼はれっきとした人間、それもあまりに人間らしい人間だった。

やや冗長と言えばそう。しかし、その音楽は旋律美に溢れ、また、堂々たる風格を持つ。何より明快。過去の巨匠たちの型に倣った超ヴィルトゥオーゾ。
リヒテルの情感たっぷりの、繊細でありながら大胆なピアノが素晴らしい。
その上、カルロス・クライバーがどちらかというとピアニストを立て、謙虚に伴奏役に回りつつ(実際はあまり乗り気の録音ではなかったそうだが)、しかし、管弦楽パートにおいては強烈な個性と色彩で音楽を紡ぎ出すのだからそのバランスの妙が堪らない。

バイエルン国立管弦楽団の正規のメンバーである吉田裕子さんの証言によると、クライバーの練習は、技術的なことよりも、音楽の流れを重視するタイプのものだそうで、彼は「ここはppで、ここはアッチェレランド」なんてことは、全く言わないとのこと。彼の練習はむしろ、楽員のファンタジーに訴えかける類のもので、たとえば「この部分はね、赤いドレスを着た少女が喜んで踊っているような感じで」とか、「気分が鬱屈してどこにも出口がないような感じ」とか、あるいは「ピストルをパンパン撃っているみたいに」といったように、音楽の雰囲気を巧みに言葉で表現するのだそうだ。
WAVE31「カルロス・クライバー」(ペヨトル工房)P158

カルロス・クライバーは視覚の人であり、また右脳型アウトプットの人のようだ。あの、音楽と同化した、蝶の舞うような颯爽たる指揮姿である理由がよくわかる。

・ドヴォルザーク:ピアノ協奏曲ト短調作品33(1976.6.18-21録音)
・シューベルト:幻想曲ハ長調D760「さすらい人」(バドゥラ=スコダ改訂版)(1963.2.11-18録音)
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団

果敢な第1楽章アレグロ・アジタートの荘厳さ。ただし、音楽はとてもわかりやすく、とっつきやすい。また、ショパンを思わせる、優美で切ない第2楽章アンダンテ・ソステヌートの心地良さ。リヒテルは瞑想し、クライバーは静かに祈る。そして、終楽章アレグロ・コン・フォーコも、ドヴォルザークならではの民族的な音調が犇めき、哀感と憧憬をあわせもつマスターピース。殊に弦楽器の音色が美しい。

おまけの「さすらい人幻想曲」は、リヒテルの十八番であり、また最愛の曲。
さすがにそれは他を冠絶する圧倒的凄演。

私の導きの星だ。あの音楽を神のように崇めている。だからあの曲をあまり損ねるわけにはいかないんだ。
地上に暮らす人間にとって、これは大きなテーマだ。地上ではさすらい人であって、勘を頼りに「約束の地」を探すのだ。導きの星が輝いているときは、進み、見失うと立ち止まる。

~同上書P180

リヒテルは詩人だ。

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