アールグリム ヘンデル チェンバロ組曲集(1974&75録音)ほかを聴いて思ふ

彼(ヘンデル)が最初にイタリアに来た時、もっとも尊敬されていた巨匠はアレッサンドロ・スカルラッティ、ガスパリーニ、そしてロッティであった。ヘンデルはそのうちの最初の人物とオットボーニ枢機卿のところで知り合った。ここで彼は、現在スペインに住み、著名な練習曲集の作者でもあるドメニコ・スカルラッティをも知ることとなった。ドメニコは卓越したハープシコード奏者であったので、枢機卿は彼とヘンデルを競わせるべく同席させることにした。ハープシコードの腕比べについてはいろいろな報告がある。何人かはスカルラッティの方に分があると言ったようである。しかし、オルガンとなるとどちらが勝っていたかについて疑いを持つような雰囲気は全くなかった。スカルラッティ自身が競争相手に分があると断じ、彼の演奏を聴くまでこの楽器にこれほどの力があるとは思わなかった、と率直に認めている。その独特な奏法に衝撃を受けて、彼はイタリア中ヘンデルの後を付いて回った。そして、彼とともに居る時がもっとも幸福な時であった。
ラルフ・カークパトリック著/原田宏司監訳・門野良典訳「ドメニコ・スカルラッティ」(音楽之友社)P47-48

ヘンデルとスカルラッティにまつわる逸話は様々だが、事の真相はわからない。
ひとつ言えることは、互いが互いの能力を認め、ライヴァルとして尊敬し合っていただろうということ。そして、興味深いのは、それぞれのハープシコードのための作品の持つ音調が、その形式も含め(意識してなのか無意識なのか分からないが)まったく異なるということ。

ちなみに、カークパトリックは、スカルラッティのソナタについて次のように指摘する。

今日の編集者は、スカルラッティのソナタが対をなす配置になっていることをほぼ例外なく見落としている。対を構成する2つの楽曲は大抵の場合ばらばらに扱われている。(・・・)
1対のソナタにおける相互の関係は、対照か補完のいずれかである。相互に補完的な関係にあるソナタは、様式や楽器の特性に関してある種の全体的な統一感を共有しており、あるいは同じ和声的な色彩の中で作曲されている。

~同上書P162

ドメニコ・スカルラッティは、実に先進的でロジカルだ。彼の志向はどちらかというとドイツ的で、起承転結の回路を持つ。一方、ヘンデルは志向がさすがにインターナショナルだけあり、当時のあらゆる地域の方法をマスターし、自身の創造に即座に生かす術を持っているようだ。スカルラッティからの影響だろうか、ヘンデルのハープシコード作品は、ドイツ的堅牢さを超え、イタリア的な愉悦と感傷を伴う舞曲によって組み立てられるものもあれば、バッハすら超越する革新的な発想で練り上げられた組曲すらある。

ヘンデル:チェンバロ組曲集
・第1組曲イ長調
・第2組曲ヘ長調
・第3組曲ニ短調
・第4組曲ホ短調
・第5組曲ホ長調
・第6組曲嬰ヘ短調
・第7組曲ト短調
・第8組曲ヘ短調
・ソナタハ長調
・アリアイ長調
・ソナタハ長調
・ファンタジーハ長調
・前奏曲とアレグロト短調
イゾルデ・アールグリム(チェンバロ)(1974&75録音)

ヘンデルのハープシコード作品は、残念ながらバッハのものほど頻繁に演奏される類いのものでない。どちらかというと舞台プロデューサーとして、あるいはエンターテイナーとして力量を発揮した彼にとって、器楽作品は細やかな、取るに足らない、それこそ教え子のための練習曲に過ぎなかったのだろうか、いずれもが相似の、変化の少ない音調に支配される(という印象)。

しかし、音楽のそこかしこに垣間見える即興的パッションは、アールグリムの内発的なものだろう、各組曲は何と生命力に溢れるのだろう。

ところで、僕は空想する。当時、英国の空気がヘンデルに与えた、内燃するエネルギーの発露とその影響を。二百数十年を経た後、そのパワーはいわゆるロック音楽のイノベーションにつながるのか。実にシンプルな編成での、ソリッドかつストレートな音楽に目頭が熱くなる。偉大なるローリング・ストーンズ。冒頭、”Street Fighting Man”から過激だ。続く、ディランの名曲”Like a Rolling Stone”をミックが、ミック様に歌う。それだけで何と幸せなことだろう。

・The Rolling Stones:Stripped (1995)

Personnel
Mick Jagger (lead vocals, harmonica, guitar, maracas)
Keith Richards (guitar, backing vocals; lead vocals)
Ronnie Wood (guitar, lap slide)
Charlie Watts (drums)

“Wild Horses”が優しい。そして、”Let It Bleed”が弾ける。また、”Angie”が泣く。もとよりキースの歌う”Slipping Away”が美しい。
なるほど、ストーンズの演奏にあるのも孤独なパッションだ。

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